北緯45度 最北の孤峰 利尻富士(利尻山)を行く(後編)

鴛泊ルートの下山途中、雲海が切れて正面に礼文島が浮かび上がる。いゃ~見れて良かった

 親不知子不知の先は、せり出した岩壁の下をトラバース気味に20m程下る細い道になっていた。山頂に向かって一気に高度を上げるのではなく、崩れやすい岩稜帯を避けて、草付きを抜けて行く、巧みなルート設定だ。その岩壁から鴛泊ルートとの合流点、沓形分岐(1,580m)までの間、標高差100m弱の北西に面した急傾斜の草付きに、お目当ての一つだった高山植物群が集中していた。山体に降った雨が岩稜帯を伝って滲出し、尾根筋の強烈な日差しや風も避けれる、植物にとっておあつらえ向きの環境なのだろう。

概念図・再掲 (1/25,000)

 一旦、下った後は息つく間のない急登だったけれど、9:40に親不知子不知を抜けてから沓形分岐の稜線道に出るまで、地図上の水平距離わずか100mにまたも40分を超える時間を使う。かなり中身の濃い時間を過ごさせてもらい、鴛泊ルートを単純に往復したのでは撮れなかった貴重なお花もあって、沓形ルートからの周回を選択して大正解だった。 写真の技量が拙劣なのはお許しを願うとして、しばし、お花類に行間を使わせてもらう。

沓形分岐に出る直前にあった、エゾツツジ大群落のお花畑 チシマフウロやミヤマアズマギクと同居してる
ボタンキンバイ三景 シナノキンバイと違って複層の花弁で、こんなお花もあるんだ
ここにもキバナノコマノツメが…。中央と右はウコンウツギの小さなお花
ご存知、イブキトラノオ と ミヤマアカバナ 右はひっそりと咲いていたオドリコソウ

エゾコザクラ レブンコザクラとは明瞭に違い、お花そのものはシナノコザクラに近い。鴛泊ルートにはない。
ヤマハナソウ と思われる個体。お花では判別が難しく、葉で判断したけれど…。
チシマイワブキ と ミヤマダイモンジソウ お花が類似している個体が多く、苦労した
ピンクが美しいヨツバシオガマ と シコタンソウの白、イワベンケイの黄色も

エゾノハクサンイチゲ  アップに耐えうる迫力と気品。

 鴛泊ルートに入ってから、ぐっと人が多くなった。山頂までの約30分間、道端に次々現れるお花類を撮りつつ、快晴の中を雲海に浮かんだような、爽快な登りを堪能させてもらった。

鴛泊ルートとの合流点、沓形分岐 と 鴛泊ルート全容。避難小屋の赤い屋根と中央に長官山
シコタンハコベ  一団の群落になって咲いており、よく目立つ。
コケモモの可愛いピンクのお花 と エゾカワラナデシコ 微妙に色合いが異なる
エゾヒメクワガタの透き通るような紫、初めて見たお花。右はリシリリンドウ

 此のお山もオーバーユースの弊害は著しく、登山道の維持管理にかなり苦労しているのが見て取れた。あまり意義を感じない百名山に選ばれたばかりに、こういう負の部分を地元が担わざる得ない不合理にちょっと心が痛んだ。

まだ残る雪渓とボタンキンバイの大群落  右は歩いてきた沓形ルート、右奥が三眺山

 最北の単独峰ピーク(北峰/1,719m)は狭く、登山者でごった返していた。あっさり着いてしまったうえに、周囲は南峰(1,721m)とローソク岩がくっきりと望めるほかは一面の雲海。北海道本土や礼文島は全く望めなかったけれど、雲上人の気分を味わえる、こういう眺めも悪くないなと思った。

雲海をバックに、山頂(北峰)に鎮座する利尻山神社奥宮(左奥)と ローソク

利尻山神社奥宮 祭神は大山祇神ほか 強風のためかお社の一部は破損、スクリューの奉納にも納得だ
奥宮の左右にあった(左)天堅嶽(てんけんだけ)と彫られた石碑 と(右)元の二等三角点の礎石

 南峰へは明瞭な道があり、今日も問題なく歩けそうだけれど、ロープで仕切られて通行止になっていた。時期的にもう少し早く来れれば行けたのになぁとちょっぴり残念だった。 これで南の屋久島とともに南北双方のお山を訪ねることができたのだけれど、これといって特に感動らしいものはなかった。

イブキトラノオが咲き誇る山頂から南峰とローソク岩を望む 通行止でもくっきりと道はある
山頂の リシリオウギ と フタマタタンポポと思われる個体 同じ黄色でも微妙に色が…。

 お花撮りで時間を使ったのが逆に功を奏し、鴛泊ルートを往復の、フェリーで一緒になった方や同宿の方にも山頂で声をかけて頂いて、運よく再会できた。 W嬢と山頂の片隅に座ってお昼。コーヒーブレイクもして、ゆったり時間を過ごす。スキーで膝を、スノーボードで腰を痛めリハビリ中とか、仕事の都合で次は知床半島に職場が変わるとか、とりとめのない話を聞く。明るくて、良くしゃべる子だけれど、なんで俺のような爺いについてくるんだろう。

利尻火山地形の代表的な岩脈二つ (左)雲海に浮かぶローソク岩 利尻火山の元の火道らしい。
             (右)東北稜の三本槍 どう見ても5本に見えるけど…。

7月 たっぷりと残る雪渓を走るガス  中央やや右にモアイ像のような岩峰を発見
(左)リシリソウ と(右)リシリゲンゲ 共に山頂付近で見つけられず、翌日、高山植物展示園で撮影

 山頂で雲上人に浸りきって、1時間程、雲海が切れるのを待ったけれど、ついにその瞬間は訪れず、正午に下山開始。ここから先のお目当てはこのお山の固有種、リシリヒナゲシだ。途中で知り合った、写真撮影専門の若い二人組の兄ちゃん連に場所を教えてもらう。確認できたのはたった4株。でも十分に美しく、儚さも漂う、可憐なお花だ。

今回山行で一番会いたかったお花 リシリヒナゲシ こんなか弱い印象のお花がなんでこの高さに…。

 風雨の強い稜線、栄養分の少ない火山灰地という、厳しい環境の中で生き抜くのは大変なのだろう。W嬢から、リシリヒナゲシは、山頂付近にある本来の株と下で肥培した株とは微妙にDNAが異なっていて、山頂に持ち上げて植栽しても活着した例がないという、興味深いお話も伺った。 

高山植物展示園で翌日撮影した、DNAの少し異なるリシリヒナゲシ 同じに見えるけど…。

 最終のターゲットも撮り終えて、もうここから先は坦々と下るだけだ。ハイマツとダケカンバの繁る中を一筋、緩い傾斜の道が通っていて、とても歩き易い。

下り途中にあった、ミヤマアカバナ と クルマユリ

 小一時間で利尻岳山小屋という名の避難小屋(1,225m)に着いた。重量鉄骨造の頑丈な建物で、風雪に耐え抜いた外観と避難小屋としては立派な内部に驚く。水さえ持ち上がれば泊も大丈夫だろう。事実、今日宿泊予定という、山岳ガイドとその友人の幼児二人連れ家族に道ですれ違った。

風格漂う利尻岳山小屋の外観、内部は綺麗に掃除され、重量鉄骨の太い梁が通っている

 避難小屋から8合目長官山(1,218.30m/一等三角点 利尻山まではすぐだった。道が急降下に入る、ピークの右脇に歌碑がぽつんと所在なげだった。北海道の「酪農の父」と言われる佐上 信一 旧北海道庁長官が昭和7年にここまで登った際、詠んだ歌を歌碑として建立したもので、歌は「利尻岳登り登れば雲湧きて谿間遥けく駒鳥乃鳴く」(出典:利尻研究 2011.3月「利尻山登山路の石碑」利尻町立博物館 佐藤雅彦氏他2名。)。これを記念してそれまで薬師山?と呼ばれていた山名は長官山に変わったらしい。そういえば、すぐ近くの丘に薬師如来の石碑があったなと。でも、歌碑は彫りが浅くて字は読みずらいし、礼文島側に向いているので、登山者が見るのは「昭和8年6月26日北海道庁長官 佐上 信一此詠」の裏側の文字。これはもったいないと思うし、おまけに、これに気を取られてうかつにも一等三角点の確認を忘れてしまった。

縦走路のすぐ横に立つ歌碑 と その手前の丘にあった薬師如来と彫られた石碑

 長官山を過ぎると、徐々に樹林帯に入り、展望はなくなってきた。道もゴーロ交じりの石ころ道に変わって歩きにくい。10分程でぱっと視界が開けた場所に出たなと思ったら、第二見晴台(1,120m)の道標が立っていた。ごつごつした岩だらけの場所でも名前だけのことはあって、丁度、雲海が切れて正面に礼文島が浮かび上がり、素晴らしい展望になった。(巻頭に掲示 ここから先は、いわゆる裾野のゾーンに入ってしまい、7合目胸突き八丁(895m)、6合目第一見晴台(760m)と通り過ぎ、途中、下りでかなりへばっている人を何人も見た。時折展望はあるものの、下りに下ってかつ蒸し暑い、冗長といっていい程の、長い道のりだった。

統一された利尻山の道標 見晴台は名前だけあって展望は素晴らしい。

 5合目の雷鳥の道標(610m)に着く頃には、もう15時を回って、いいかげんうんざりしてきた。 山頂からの下り始めで、W嬢から降りるスピードをもう少し遅くしてくれと頼まれ、ピッチを落したのが影響したけれど、さりとて置いてけぼりも忍びなく、心優しい?なんて似合わない爺いが普段やらないことをするものじゃないなとこの時ばかりは反省した。

なかなかネーミングのいい道標の、いわれのある雷鳥の道標や野鳥の森 と 3合目直前の乙女橋

 それでも、ゆっくり下ってゆくメリットもあるもので、道脇にひっそり咲いているイチヤクソウやよく似たウメガサソウが目に入り、姿かたちの綺麗なイワガラミにミヤママタタビのピンクの葉っぱもあって、最後まで楽しめた。

お花の感じがなんとなく似通っている イチヤクソウ と 右のウメガサソウ どちらも草本植物
猫には効かない ミヤママタタビのピンクの葉っぱ と イワガラミの均整の取れた、団扇のようなお花?

 気付いたら4合目野鳥の森(390m)はすっと通過していて、ポン山分岐の先にある名水百選の甘露泉水(3合目/270m)には16:20に着いた。汗を拭き、喉を潤して少し寛ぐ。もうここから利尻北麓野営場まですぐだろう。最北のお山は快晴に恵まれて登頂することができ、もうすぐ長すぎる下りも終わりになる。

ポン山への分岐 と 3合目の道標 すぐ甘露泉水だった
名水百選 甘露泉水 冷たくて美味しい湧き水だ

 W嬢はペットボトルを何本も出して泉の水を詰めている。仕事先がネイチャー関係の割には山ずれしていない、変わった子で、明日は鴛泊から沓形までの12.8kmをクロスバイクで飛ばし、見返台園地まではタクシーを使って車を回収に行くという。 自分の祖父くらいの古希越えの爺いに一日付き合ってくれ、地元でないと判らないだろう、おもろいお話も聞かせてもらって、いろいろ有難うと心の中でお礼を言いつつ、ザックから宿泊先に出迎えを頼むため、ゴソゴソと携帯を取り出した。

下り途中、山頂を振り返る 右に親不知子不知のガレ場がくっきりと望める

(あとがき)

 やっと積年の宿題になっていた、利尻山に登ることができた。お四国からこれだけ離れていて、新コロナも となるとなかなか踏み切れなかったけれど。

羽化するコエゾゼミ 透き通るような薄緑が美しい (撮影地:姫沼)

 帰路は、稚内から札幌までJRではなく高速バスを使った。ルートは留萌まで日本海に面した、車の少ない一般道を走り、そこから高速道を札幌へ。こちらの方がリラックスできたのは不思議だった。

JR稚内駅にある日本最北端の線路記念碑 と 有名な稚内港北防波堤ドーム、いやあ美しい
バスの車窓からの天売、焼尻両島の遠望 と 札幌・旧道庁前にある北海道・道路元標
札幌時計台内で撮った 「時計台の鐘」の歌碑 と 時計台をかたどったマンホールの蓋