寒風から笹ヶ峰へ ― 末枯れの稜線&南稜プチ・バリエーションを行く

霧氷と遠く西黒森と瓶ヶ森・雌山を望む 天気だけは素晴らしかった

 2月中旬、毎年恒例とはいえ、ここまで皆目雪のないのは記憶にない もはや、一足早く春山も盛りに…だ 桑瀬峠登山口は、道路に書かれたUFOラインの字がくっきり 地肌丸出しで、とほほ…の気分で登り始める 途中で80代の一風変ったじい様と話してますます調子が狂う、なんか宇宙人の電波がどうのこうのって…いるんだ、お山にも

概念図

 50分ほどで伊予富士(1,756.2m)と寒風山(1,763m)の道分岐、無風の桑瀬峠(1,451m)に スカッと快晴で寒風稜線がクッキリ、気分は少し直ったけど、なんか足らないよね

いやぁ~、地球は丸いを実感するような写真に… お恥ずかしい

 結局、寒風への登りで北面にお情け程度の霧氷が見えたきりで、笹ヶ峰(1,859.6m)山頂まで笹緑一色 まぁその分、夏時間で歩くことができて、じじいには有難いが…なんか複雑  先年の大雪の際は寒風→笹まで膝から腰までの雪で5時間を費やし、久しぶりでワカンを存分に使えて楽しかったのが嘘のよう

寒風の西条側にはお情けのような霧氷がへばりついておりました 泣😿

 愚痴っても始まらないので、峠から霧氷帯へおもむろに… 緩んで降りしきる霧氷片のバサバサという雨音?がむなしさを掻き立てるわ ヤマグルマの大木がかぶさる、日陰の下り梯子の場所も凍っていなかった

なけなしの霧氷 三景 紺碧の空なのに…

 寒風へ向かうこのゾーンはブナやアケボノツツジの古木が多くて普通は楽しいルート 毎冬どうお化粧してるかワクワクして歩くけど、今日はなにもなくて、雪でぐっと趣を増す例のブナはちょっと寂しそうな風情だった 

雪を装うと大変身の、名物ブナ 今日は心なしか元気がない

 9:55寒風山頂着 山頂南側の小風穴に鎮座する蔵王権現に挨拶し祠清掃も 晴れ渡って見晴らしはいい 伊予富士に展望ではやや劣るもののここもなかなか 

夏山同然 というかそのものの寒風山頂 祠は道標の向こう先下にある
山頂からの展望 (左)笹ヶ峰、ちち山、冠山 (右)伊予富士~瓶ヶ森の稜線

 単独行の若い兄さんが登ってきたのと入れ替わりで笹へ向かう 笹ヶ峰まで時間にして1:30ほど、お昼には余裕で到着だろう 最初の下りでやっとチェーンスパイクを出す、つまりザックの中のアイゼンは今日も多分お休みに 泣くなよ、今年は愛用のシモン・スーパーEだってそうなんだ 一緒に歩けてる分だけまだ良しなんだぜと慰めておく 笹ヶ峰(1,740mの前衛峰)までは小ピークをいくつも越えてゆく 冬らしいといえるのは北面の道に残る半ば氷と化した残雪だけで、ガリガリとスパイクを利かすのみ

半ば氷の上にうっすら雪のかぶった日陰道 例の岩場もこのとおり

 新緑と紅葉が素晴らしかったゾーンも今は末枯れ、普段は北面からの吹上強風が嫌らしいけど、今は北風様もお休みで笹にも優しい温暖さ 霧氷も落ち切って梢が蒼天に向かってすっくと伸び上がり、人気のない冬の路は山も木々も静まり返っていて、歩いていて心落ち着く やっぱ、ウェイトを置くべきは感じることですねぇ、レイチェル・カーソン女史もおっしゃってるように

趣のある、ちょっとしたコブを乗っ越し、穂先が少し赤くなりかけた橅を愛でる こういう山旅もまた良し
先年の大雪時、突破に30分を費やした乗越 と 霧氷をまとうと笹バックの絶景となる橅
展望台からの笹ヶ峰本峰 と 寒風山を振り返る 雪がなくとも絶景 かな?

 前衛峰を右に巻き、笹北面のほぼ一直線の踏分道に入る 緩い登りが続き、山頂までもう1kmを切ってるけどここは雪があれば意外と消耗するところ 今は瀬戸内海を眺めながらの天上漫歩の快適さ 沓掛を左に見て少し登ると笹ヶ峰山頂に 11:50先着は昼食中の中年のおじさん一人 下津池から来たけど、もう吉居林道には雪はなかったとの話 う~ん、でもユキワリイチゲにはまだ早いかなぁ あそこは春一番を感じに行くところ、柔らかい日差しを受けて精一杯咲いているお花をまた見たいなぁと思いつつ… 

笹ヶ峰山頂から石鎚山系の峰々を望む ここからの展望は山系中、一、二を争う

 少し風が出てきて、心地よい ここは山系トップクラスの展望の地 地平線のはるかにくっきりと白い塊が、伯耆大山だ 望めたのは何年ぶりだろう、これはラッキーだった

瀬戸内海を隔てて、遠く伯耆大山が… 左端から四分の一くらいの白い点 わかりますかな?

  剣山系から法皇山脈、大座礼やちち山・冠山~平家平の伸びやかな稜線 ぐるりと回れば石鎚山系の峰々とまるでご褒美のような好展望 堪能しつつ、のんびり昼食 こういう日のブラックはすこぶる美味い 

遠く剣山系と赤石山系やちち山、冠山~平家平への稜線と大座礼 等々の山並み

 1時間たっぷり休んで徐々に登山者が増えてきたのをしおに13:00高知県側へ下る南稜(私的には直滑降ルート)を下り始める この急傾斜道はじじいの膝には要注意でじんわりと下り、冬ホワイトアウト時の目標木ウラジロモミ2本組に声掛けして真ん中を通過。道が右に90度曲がった先にあるベンチで一服すると、プチ・バリエーションのスタートとなるウラジロモミはもう指呼の間だ

南稜(直滑降)ルート下り中途から山頂方面を振り仰ぐ 凄い蒼天ブルー

 13:30下山路と別れプチ・バリに入る 昨秋にトレースしたので、ほぼルートは頭の中に入っているし、多少ずれても大したことはないわ 少しの間笹道らしき痕跡を進み、すぐヒョロヒョロのリョウブの純林で笹が消える これだけあると炭焼きの人々は喜んだだろうなぁと思う  しばし地面むき出しの柔らかい斜面をやり過ごすと薄い笹の中に二本ずつ並んだ杉と水楢の大木、相変わらずでかいわ、おたくら その脇を抜けてやや南に下り、一抱えもあるウラジロモミに会いに行く いやぁお久しぶりで、お元気そうで何よりとご挨拶だけは

 この辺りから笹の背が高くなってきて視界が遮られ、いよいよ例の笹ブッシュ帯だ 前回同様、少しウロウロして鹿の獣道を使わせてもらう これを抜けるとすぐ上の段のナル 低い段差を乗っ越し、薄い笹帯を抜けるともう炭焼き跡と猪のヌタ場が同居する、地滑りで出来た広場だ 一気に降りたのでここで給水休憩にする

炭焼き跡 と 猪さんのお風呂 ヌタ場 不思議なことに水が枯れない

 そう焦って下り切ることもないだろ、せっかく葉を落とし切って日差したっぷりの雑木林の真っ只中にいるのだ それに上手くするとすぐ横のシオジの大木が声をかけてくれるかもしれないし… 人の気配など全くなく、カラ類以外は静寂が支配するこの安らぎに浸っていると、自然の持ついわば大いなる優しさが心に浸み込んでくる こう何度歩いても冬枯れの山裾を歩くのは楽しいものだ これを味いたくてミニバリを開拓してるんでしょう?と呟き、後はツエルトタープ泊&焚火酒がまたできればこの上ないけどね と返す、独り言つの世界

 ゆっくりして汗も引いたので、夢幻にお別れして正面の小高い丘を越える 行きついた下の段のナルの先にはもう黒々とした杉の植林帯が ここから植林道を活用し、秋にテーピングしておいた笹ブッシュの踏跡も薄い踏分道へ入って、最後のチョットヤバい崖下りを終えると林道・長又橋のたもとだった

長尺橋から通称、二つ滝を望む 今日は若干、水量が少ないかな…

 残る林道歩き、今回は昨秋の舗装が何処まで伸びているか確認するのも目的の一つ 概念図に舗装末端と表示して置いたけど、だいぶ先まで完成していた スリーシーズンの活用を考えるとこれは有難いこと 林道入口に止めた車まで前と同じきっかり25分、後はじじいのお楽しみ、お山のいで湯が呼んでるわ…

寒風からの道すがら 笹ヶ峰本峰の絶景 手前の岩場はもう陽炎が燃えてました

 

ひねもす 山歩き ショートショート ⑩ ー 岩仙洞草

正面から見たイワセントウソウ まるで白い線香花火を見ているような…

 みるからに華奢としかいいようがない。 高さ10cmもない小さな体に極細の茎、白色5花弁のお花も超ミニサイズ。 出会ったのは、アケボノツツジやミツバツツジ咲く広葉樹林帯、やや日陰の路傍。 この年お初の山毛欅実生株の双葉を見つけ、カメラを近づけたすぐ先の湿った苔の間にひっそりと佇んでました。 この株はまだ幼いのだろう、お花の付きようが少なく、根元にあるはずの根生葉も見当たらなかった。 でも、実生株がなかったら、恐らく見過ごしていただろう、有難い。

立姿のアップ 華奢というか繊細というか、白花の気品を感じる

 セリ科イワセントウ属。 この科の植物は姿形が細身のものが主流だけれど、多年草が多く、こちらもご多分に漏れない。 か細い茎に張り付くように出ている、深く切れ込んで、三つに分かれた小葉といい、散形花序のお花といい、その立姿にはどこか寂しさが漂う。 しかしだ、小さいながらもすっくと伸び上がり、凛とした上品な雰囲気を醸し出している。 どこか薄幸のうら若き乙女を思い起こさせますよね。 

お花のアップ、試みてみたけれど、これが精いっぱいで厳しいわ

 撮影場所は、山毛欅やウラジロモミの大木にゴヨウやアケボノ、ミツバやドウダン等のツツジ類がその脇を固め、足元を面河笹とオタカラコウ、メタカラコウやウワバミソウなどの下草類が苔とともに群生する、山毛欅主体の広葉樹原生林。 植生の豊饒さを象徴しているような一角でした。 その多様さは、味もそっけもない針葉樹植林帯とは雲泥の差。 こういう道行きにこの出会い、心癒されますよねぇ。 

 え、なんて? 同行の女性陣の皆様が何かおっしゃってる。 なに? カマキリの立姿に似てるって? はぁ~、そ、そう見えますか…。

生育環境の全景 路傍に苔類やシダ類が…。低位置で撮るとくっきり目立ちますよね

 

ひねもす 山歩き ショートショート ⑨ ー ニホンヒキガエル

ガサゴソと笹藪から姿を現したやや茶系統の個体。中くらいの大きさ かな?

 お山でお会いする動物では、頻度が御三家に入るのではないでしょうか。 もっそりと笹藪の根元などから突如現れて、人間どもなど、どこ吹く風の独立孤高のお方。 歩いている足元が急に動いて、はっとされた方も多いのでは。

灰色がかった個体や茶色が強い個体もあって、背中のイボイボの形状ともども、かなりバリエーションがある

 動きが鈍く、手で捕まえようと思えば簡単な、至って大人しい動物、その名もニホンヒキガエル。 ミミズや昆虫類を主食とするれっきとした肉食系で、もっぱら西日本に生息し、東にはあまりいらっしゃらないご様子。かなり偏った分布で興味湧きますよね。

愛称 カンタロウ(正式名:シーボルトミミズ)さんもニホンヒキガエルさんのお好みなのかも

 背中のイボイボが独特で、毒もお持ちの扱いようによってはちとやばい系だけど、横から見る限りはどう見ても巨大なカエル様です。 これまでお会いしたのは、春5月から11月まで季節はスリーシーズン、カメラを向けずにそのままやり過ごしたお方も随分と。 春先の繁殖期は、至って浅い水たまりのようなところに集まり、雌の背中に一回り小さい雄がしっかり抱き付いて離れず、この辺りは他のカエル一族の皆さんと同じでした。 

正面から見ると迫力満点!まさにハンター。でも次の瞬間、丸まって固まりピクリともせず。どうなってるんでしょう。

 中でもこの写真の主は出色。 面河裏参道のシコクシラベの水場へ向かう登山道で鉢合わせ。両側は一面、背の低い面河ザサの斜面、逃げたければどこにでも…のシチュエーションなのに頑として動かず。 まるでお前邪魔なのでどけ と言ってるよう。まぁ確かに人の方がビジターなんだけど。 でも人の言葉が判る?のか、「一枚撮らせてよ」とお願いしたらちゃんとポーズも。 余りの堂々たる落ち着きように、このゾーンの主(ぬし)的存在ではないかと。恐らく人間などごまんと見てこられたのでしょう。 撮り終えたとみるや、足元から悠々と笹原の中に消えて行かれました。 はぁ、もはや達人?の域ですかな、いや人様ではなくカエル様ですが…。

これまで会ったニホンヒキガエルの中では、大きさ、風格、頭の良さ どれも一級品の個体。堂々たるもの。

 

毎年恒例 鎚年始参り 

夜明し峠から霧氷輝く石鎚山稜線(左から2番目のピークが天狗岳)と右端に北岳を望む まさに絶景❕

 もう何回目になるか、数えたこともないけど今年も1月2日がめぐってきた。 毎年恒例の鎚年始参り。 例年、お四国はお正月に雪は多くない。本格的に積もるのは1月下旬から2月中旬。3月の声を聞くともう残雪期だ。 南国の悲哀といえばそれまでだけど、ひと昔前に比べると雪の量もめっきりと減った。

 冬季、石鎚スカイラインは積雪閉鎖中。 石鎚登山ロープウェイ下谷駅から始まる、表参道ルートしか手ごろな時間で日帰りできるコースはない。 2日からは平常通りの8:40始発で、登山客よりスキー客の方が圧倒的に多いゴンドラがスルスルと成就駅に向かって上がってゆく。駅構内でのんびりロングスパッツとチェーンスパイクを付け、出発。念のため持参したアイゼンはこの雪ではいらないだろう。

概念図

 成就社まで20分ほど参道を歩き、登山届を記帳。これを書く登山者はあまりいない。昨年などは届出綴が行方不明に。成就社での登山者の位置づけがおぼろげに伺えるような、さみしい扱いだった。 ともあれ、快晴なのはいい。最初、八丁に向かって一路下る。表参道の面白い所だけど、帰路はつらい登りだわ。 気温5℃、坦々と下って9:30降り切った。風が全くなく霧氷の落下する音だけが響く、静かな年始参りだ。

 表参道ルートは別名階段道と言われ、とにもかくにも多い。山屋としては、それをチェーンスパイクで踏みたくはないが致し方ない。 試し鎖をスルーして前社ヶ森に回り込む。小屋冬季閉鎖中)前で一汗ぬぐい、行動食を少し。我々は数少ない早出組なので、おいおい登山者は増えて来るだろう。 延々と続く雪に埋まった階段を忠実に踏んで、夜明し峠は10:30だった。

ここ10年ほどで最も雪の多かった、2014年お正月の二ノ鎖周辺。もはや夢かも?

 ここでやっと石鎚山の北面が望めるように。一面、霧氷に覆われた稜線は真っ白で、ブルースカイに映え、前社ヶ森、夜明し峠と2回の急登を凌いだ後のご褒美の絶景だ。雪は笹も覗いているので例年よりやや少ないか。 突然だが、石鎚山というお山は存在しない。稜線上の天狗岳、南尖峰と弥山3座の総称(すぐ北の三角点のある北岳(1,920.9m)を含める例もある。)なのだ。

二ノ鎖避難小屋上の霧氷 朝日に映えて美しい

 さて、最後のそして一番厳しい急登に入るとするか。 避難小屋のある二ノ鎖まで雪道をジグザグに切り、霧氷で白く輝く木々の中を縫う。

霧氷が張り付いた天狗岳北壁 ロッククライマーの聖地でもある

 面河乗越分岐、三ノ鎖と過ぎ、弥山(1,972m)への最後の階段へ入る。 この鉄階段ももう20年になるか、頂上小屋建替えに併せ、従来の木製から造り替えられて、一番危なかったところが随分と安全になった。

弥山への階段道中途から遠く瓶ヶ森と以東の山系の山々を望む 雪、ないわ

 11時半前、弥山到着。登山者は自分で3人目と静謐が支配する、つかの間の本来の雰囲気だ。 お札売場下の冬季避難スペースのドアを開け、ザックをデポ。 と、小屋内にポリ製のデカ水タンク、脚立やメンテ物品が…、面積の3分の1ほどか。 ここは緊急時の登山者避難スペースとして建替え時に設けられ、過去に施錠されていたこともあったが、中に関係のない物品が収納されていたことは一度もない。 事情を知らない頂上小屋の者が小屋閉鎖時に入れたのだろうか。 もしそうなら、以前の固有種シコクイチゲの盗掘事件といい、今回といい、お粗末で情けない限りだ。

弥山での不快な事は忘れなよと天狗岳がおっしゃっているような、堂々たる佇まいだ

 快晴無風とこの時期稀な天気の中、3人で最高峰の天狗岳と南尖峰(共に1,982m)へ空荷でピストンする。 ここは約1,500万年前に噴火した石鎚古火山の残滓だけれど、両サイドが切れ落ちた安山岩のナイフリッジ。 鎖をしっかり保持して弥山から下り、慎重に稜線を進む。

北壁には細かい氷の成長の跡が… ブルースノーの妖しい世界

雪と風の織りなした氷の芸術品 元の木はナンゴクミネカエデ、秋は美しい紅葉だった

 お昼前、天狗岳到着。遮るもののない眺望と霧氷の芸術を楽しみ、南尖峰まで足を延ばしてから、後から追いついてきた一人を加え、4人で弥山に戻った。

天狗岳山頂から南尖峰を望む 左手に土小屋とその後ろには筒上山、手箱山も

今年とほぼ同じ程度の積雪だった2018年お正月、天狗岳から弥山を望む

 帰途は、ぼちぼち姿の見え始めた登山者に声掛けしながら、紺碧の空に浮かぶ霧氷の鎚を振り仰ぎつつ、坦々と下った。成就に帰り着く頃には、もう雪も次第に融けつつある南国だった。

雲一点の曇りもない、まさに日本晴 お正月には稀な天気で霧氷も輝いていた

 

ひねもす 山歩き ショートショート ⑧ ー フクリンササユリ(覆輪笹百合)

 毎年7月文月の頃になると、庭仕事をしていてもなんとなく落ち着かない。どこかふわふわして気もそぞろ。そう、どうもこのお花が一因のよう。 近場にある低山は、中四国のお花の名山と言っていい存在で、早春のスプリング・エフェメラル(春の妖精)、そして春本番と山シャクヤク等の時期が過ぎると、いよいよこちら様が…。 この季節、約1か月にわたってほぼ全域に点々と咲き続け、毎日、山域のどこかで人知れず花開いていらっしゃる。 気の早い常連の皆様は、梅雨晴れの日を逃さず足しげく通って、あそこの株はだいぶ蕾が膨らんできた、どこそこにも新しい株が…と、情報交換に余念がない。 

見る者をはっとさせる、この気品   艶やかさをも兼ね備え、美しい

 「百合」の語源は、なんでも「揺すり」らしく、お花が風に吹かれて揺れる様子からきているよう。ササユリは、西日本を代表する百合で、本州中部地方以西と四国、九州に自生する。特に、お四国でも伊予、土佐の二国には、葉に白い縁取りのある覆輪笹百合と呼ばれている品種が多い。「覆輪」は、もともとお茶席の碗や刀の鍔などの縁を覆ったり、女性用の衣類の袖口を別の布で縁どったもの が語源らしいけど、何処からフクリン+ササユリとなったのかは不勉強でう~判然としません💦

葉の縁にくっきりと白い線が浮き出ている個体。本当に笹の葉によく似ている

 このお花、色のバリエーションは濃い紅ピンクからほぼ白色まで多岐にわたり、1株1輪もあれば頑張って?複数のお花をつけている株も。 最近、大振りのものは、盗掘😠等で減少しているけど、それでもゾーンに咲きそろった時は、圧巻です。

たまたま出会った、お花の色がいずれも異なる複数株、鮮やかな覆輪です。ラッキー

 花言葉は「上品」、「希少」だそう。 言い得て妙で、凛とした気品を併せ持ち、その可憐さも相まって、旬の時期に巡り合えた時のうれしさは言葉では言い表せません。お花を目の前にいたしますと…はい。 お若い方々には?かもですが、昔から「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」といわれるように、女性の美しさを讃える代名詞となっているのも十分に納得します。

やや大振りながら標準的な色の濃さの株 と 右はこれから開花を迎える株

 それと、ある程度日照は求めるようで、笹原の縁や林道の土手、日差しが入ってくる疎林辺りがお好みのよう。 石鎚山系では確認している限り、自生地の最高点は明るい笹原真っ只中の標高1,830m地点。こんな厳しい環境でと驚きますが、1,000mを切る低山まで幅広く、お住まいになっていらっしゃる。もちろん、標高によってお花のカラーリングには若干の差は出ますけど。

葉に白い縁取りはほとんどないけど、花弁の縁だけピンクの濃い株。近場の低山では稀ですね

  ともあれ、美しいものは美しい。 種子発芽から開花まで自然界では10年以上かかる、貴重なお花。本県RDBでは絶滅危惧2類(VU)で、油断するとすぐに絶滅まで行ってしまいます。 これほどの感動を人に与えることのできるお花は数少ないですし、東北のヒメサユリ同様、次世代に大切に引き継いでゆくべきもの。 そろそろ近場の低山でも組織的な保護活動があってもいい時期なのではないでしょうか。

透き通るような淡い紅系のピンク 上品さと可憐さがなんとも…

 

ひねもす 山歩き  ショートショート ⑦ ー オオミズアオ

 初夏、近場の低山でお花を撮り終え、薄暗くなりつつある沢筋の道を急いで下っていたら、瞳の隅に明るいエメラルドグリーンが一瞬走った。そのまま通り過ごしたものの、日ごとに色濃くなる新緑の樹林帯では明らかに異様な色。足を止め振り向くと、細い枯れ枝になにかぶら下がっている。蝶のようだけれど、動かない。近づいてみると、なんと蛾でした。かなりのビッグサイズで、翅の端から反対側の端まで(「開張」というらしい。)10cm以上はありそう。実のところ、蛾のカラーリングは焦げ茶色の先入観が強く、ちょっと面喰いました。

黙然として微動だにせず。 ぐっと近づいても我関せず…でした

 大水青 なんと絶妙なネーミングでしょう。翅は、美しいエメラルドグリーンでまさにそのもの。前縁の頂部は濃い臙脂のやや太いラインが入り、翅中央やや上部には楕円形の小さな眼状紋も。裏側の胴体部分は真っ白で、脚は臙脂と、峨でこんな種があるのかと正直、驚きました。 う~ん…個々のパーツの色遣いとバランスは見事で、なかなかおしゃれなスタイリストですよね。でも、確かに綺麗なんですけど、なにか不気味さを感じるのは、私だけでしょうか。

反対側に廻ってパチリ! う~む、こちら側から見ると明らかに蛾ですね

 調べてみると、チョウ目ヤママユガ科の一種で、よく似たオナガミズアオ絶滅危惧種らしい)という同属異種もいるみたい。 さてさて、ここからが問題で、写真の主がどちらなのか、判りません。本人には聞けないし…。 で、すったもんだの挙句、Google教授の講義録の中に判断ベースらしきものを発見。 なんでも、前縁頂部の臙脂に白いラインが端まで入っている個体はオナガミズアオで、頭部周辺しかない個体はオオミズアオのよう。 翅後角の先端が尖っているかどうかも判断ベースとも。 それと写真の個体は尾状突起が短く、おそらくは雌ということもわかりました。 

真上から見下ろしたところ 二本の触覚の形はたしか〇〇のモデルになったとか…

 しかし、このオオミズアオさん、成虫になって一週間くらいの命らしい。なんでも口吻が退化していて一切、食べることができないらしく、幼虫期に蓄えた栄養だけで交尾し、卵を産み付け終わったら、お釈迦ですよ とも。 我が家の山桜に毎年、おいでになる蝉さんたちよりも短い一生なんですねぇ。 そうしてみると、美しく着飾ってはいても哀れというか、言葉も…。 人間どもの巷では、大水青さんをご覧になったら幸福が舞い込むといわれてる?らしいけど、果たしてご本人たちはどう思っていらっしゃるんでしょう。

いゃ~、ただただ妖しい美しさ 人の世の浮世話とは何の関係もないかも 

 

晩秋の石見・三瓶山周回行 ― 行く秋を楽しんだ陽だまりの山旅 ―

楓紅葉の中を室の内池へ続く、気持ちの良い笹道を行く  

 朝6時過ぎ、なんとか足元が見える頃合いを見計らって朝寒の東の原駐車場を出発する。 おおよそ百台は大丈夫だろうと思われるこの駐車場、雪の来ていない今はガラガラで、登山口すぐ右の観光リフトも二人掛けのベンチリフトが侘しそうに揺れてるだけ。 今日は、中国地方のお山で最後まで残った、島根県の端っこに位置する三瓶山を時計回りに周回する予定だ。 こんなに早くなくても余裕で歩けるけれど、早起きに慣れた体の方が許してくれない。 まぁ早立ちに三文の得?もあるかもね…。

概念図

 太平山(854m)まで幅員2m以上の大きく「くの字」に折れ曲がった登山道。 樹林帯の道は柔らかい火山土で傾斜も緩く快調に飛ばす。体が暖まってきて、ウインドブレイカーを脱いでいる間に若いトレラン仕様の兄さんが追い抜いていった。ここは彼らには絶好のお山だろう。

大平山への登り中途、登山口の東の原(白い屋根のところ)を望む  雲海が綺麗だ

 7時前、「大山隠岐国立公園・三瓶山」の綺麗ででっかいプレートのある太平山に着いた。標高差300m小1時間ほどの行程。ちょうど朝日の出に間に合って、男三瓶山や子三瓶山もモルゲンロートに染まる。

荘厳な朝日の出  何回見ても美しい

大平山山頂 と モルゲンロートに染まる男三瓶(右)と子三瓶(左)

 ここからまず孫三瓶山(903m)を目指してカラマツ林の中の落葉で埋まった笹道を行く。整備が行き届いたとても歩きやすい道だ。 入ってすぐ左の斜面下にお地蔵さまが鎮座、どうやらこれがお子さんの願い事をかなえるという、「こととい(事問い)地蔵様」らしい。子供の頃から60年も経過したじじいも神明に手を合わせておく…。

こととい地蔵様 と まだ咲いていたアキノタムラソウ

 奥の湯峠まで緩い下りをすいすいと進み、峠からは標高差100mほどの登りへジワリと変化。ほぼ末枯れのクヌギと柏主体の広葉樹林帯の中、朝日を浴びながら歩むのはなかなか気持ちがいいものだ。

孫三瓶ニセピークを望みつつ、しっとり落ち着いた落葉道を行く

 7時半、芒と笹交じりの孫三瓶山頂。 はるか日本海に向かって雲海が茫洋と広がっていて、右手には大江高山(808m/日本遺産)を盟主とする火山群の峰々が聳え立つ。いやぁ早朝ならではの絶景ですな。 先ほど追い抜いて行った兄さんがガスバーナーを出してヌクヌクの朝ごはん中だった。聞くと夜半に広島を出て早朝に登山口に着き、そのまま歩き出したとのこと。

孫三瓶山頂から日本海方面の雲海を望む  右手が大江高山山塊

 ここから眺める子三瓶山(961m)は山頂までずっと芒で覆われた、抒情たっぷりのたおやかな峰。朝の陽ざしが当たって枯れ薄が輝いている。 孫三瓶を下りきった風越(805m)も朝露の笹道が美しい峠だった。

風越手前から朝日に映える子三瓶山  右奥は男三瓶山

 散り残りの羽団扇楓やアキノキリンソウ、狂い咲きのレンゲツツジ?等を撮りつつ、子三瓶山には8時15分きっかりに着いた。蕭条たる一面の枯れ芒の穂がまるで花のよう。 男三瓶の雄姿をバックに茫漠と芒原が広がり朝日に照らされて白く輝いて、いやぁ美しいわ。 晩秋ならではの景色に俄かには去りがたく、行動食を言い訳に15分も休憩。でも心満たされる長逗留だった。

子三瓶から孫三瓶を望む 枯れ芒に風情があって美しい
羽団扇楓の紅葉  と  まだ残っていた?レンゲツツジ、アキノキリンソウ

子三瓶からの男三瓶の雄姿  盟主たるに足る堂々たる山容だ

 でも、今晩は北の原にある、全国有数といわれるキャンプ場に廻るので、しぶしぶ腰を上げる。 男三瓶への最低鞍部、扇沢へ向う中途、赤雁山(886m)手前で枯れ薊類を撮っていたら、例の兄さんが追い付いてきた。先に行ってもらってリュウノウギクを1枚。

枯れ薊と生のお花が共存? リュウノウギクは至るところに咲いていた

 三瓶山は、アップダウンはあるものの、この標高だとピークから最低鞍部まで15分もあれば降り切ってしまう。扇沢にもすぐに降り切った。まだ9時前だ。 ここは余り日が当たらない峠で、そのまま登りに入る。標高差270mほど、一応、この山系では一番の急登にはなっているけれど、登り切るのに小1時間もいらないだろう。ちょっぴり火山岩の露出する、岩交じりの道だけど、先月の久住・大船山に比べればなんということもない道だった。

秋晴れの中、急だけれど快適な登りをゆく

 もう冬枯れに近い景色だけれど、まばらに散り残った楓類やクロモジの黄色が残っている道をゆっくりと登るのは楽しいものだ。

 

散り残りの楓黄葉 と クロモジの黄色が鮮やか
やっと秋の定番 リンドウが…  おっとカワラナデシコがこんなところに

 ひと頑張りで高原状の一面の芒ヶ原に出た。 途中で右の古い木道に寄り道し、大平山から望み見て、崩落地になっていた崖の上に出る。吹き上げ風が強く、少し寒いくらい。火山といえども風化の洗礼はしっかり…という眺めだった。

男三瓶山頂直下から子三瓶と孫三瓶 なぜか郷愁を誘う眺めだ

 元に戻って、芒道を進み、もう登り切ったかなと思ったら山頂はその先の階段を登らないといけなかった。

えいやっ! 山頂までひとっ走りの階段

 10時前、男三瓶山(1,126m)山頂。 何の変哲もない、荒れ地然としただだっ広いところで、真ん中に一等三角点がぽつねんと寂しそうに鎮座していた。 空の青は透き通って美しいけれど、結構、風があって寒く展望所を早々に引き上げ、風を避けて東端のベンチまで移動。行動食休憩を取る。

空の青が紺碧…の男三瓶山頂を望む

朝方の大雲海も切れて、日本海がやっと姿を現した
男三瓶山頂 と ぽつねんと一等三角点が

  ここにもセンブリの枯れ花が…、ここまで点々と株があった。保水力が高くて占有種が芒と笹、日照が十分なぶん、センブリにはもってこいのお山なのだろう。 

良薬は口に苦し センブリはホンマによく効きます

 暫くは、ほぼ無人の山頂で座っていたけれど埒も明かない、かといって昼食には早すぎる、半端な時間。 このままだとお昼には車に帰り着いてしまうので、室の内に廻ることにして昼食はそこで摂ることに決め、そうと決まれば、そそくさとザックを整えて出立。 すぐ下の芒野の端に瀟洒な避難小屋があって、県外山行の常で内部をチェック。15人くらい収容の板間と中二階もあって、立派な小屋だ。 ストーブがないのが玉に瑕だけど、周辺に枯枝の供給地がなく、これはやむを得ないだろう。

男三瓶山頂から避難小屋を望む すぐ右に下り登山道が…。

 犬戻しまで北東面の急傾斜の灌木帯を縫う、足場の良くない下りが続く。 過去に遭難者が出たらしいけど、このゾーンはあり得るかもと思えるところだ。 斜面に何かないかなと鵜の目鷹の目で歩いていたら、なんと青大将さんと目が合ってしまった。まだ人擦れしてないわ、この子。 すぐ先でホソバノヤマハハコが咲き残っていたのでこれもパチリ。 やはり日照がたっぷりだとそこそこお花は残ってますね。 結構、風が強いのだろう、紅葉は早々に吹き飛ばされてしまってもう末枯だったけど。

まだ若い個体の青大将(カメラに全然動じなかった)と ホソバノヤマハハコ 綺麗に咲いていた

 11時には、ちょっとした岩場でしかない兜山(981m)を通過、パラボラアンテナの立ち並ぶ女三瓶山(953m)はそこから10分程だった。 何もないので、ささと周回のスタート地点、室の内展望所に戻る。 ゆっくりカメラを使いながら歩いても5時間もあれば余裕で周回。 気持ちのいい稜線で芒と笹が印象的な、なかなか良い稜線歩きでした。

(左)下り中途、孫三瓶と茶色の室の内池(左端中央)     (右)女三瓶からの男三瓶山

 で、予定どおり室の内池を目指して、下りの九十九折れに入る。 坦々と下りに下るという印象、途中に炭焼跡や岩塊斜面もあってそこそこ生活の匂いや火山の残滓があるものの、静謐の中を行く。

(左)至るところにあった説明板と炭焼跡      (右)典型的な岩塊斜面

 15分程で道は平坦に、降り切ったようだ。 この辺りはまだ楓紅葉が残っていて、しばし道を外してこれまで手持無沙汰だったカメラさんに活躍してもらう。他の落葉樹も幹回りが大きいものが多く、雰囲気のまことによろしい晩秋の散策道。 静かで人にも会わず、気持ちよく歩けた。

室の内池への気持ちの良い、平坦な道 まるで庭園の中のよう

室の内池の楓紅葉は今、盛りでした やっと巡り合えたというか…。
楓紅葉 二景

 室の内池は1.15haと広いわりに水深は1.4mほど、茶色の池で火山湖としては珍しい?色かな。 なんか泳いでいるのでよく見るとなんと鯉だった。 説明では放流されたらしいけど、餌が少ないようでやせ細っているように見えた。

室の内池と孫三瓶山  左隅に黒く映っているのは鯉の魚影

 路傍のベンチに座り込んでのたり昼食。 陽だまりで昼寝でもと、ゆっくりしたかったのに、意外と人が通って当てが外れてしまった。 それでも、カシワ黄葉の中を奥の湯峠まで戻るコースは、枯れ葉の降り積もった、ふかふか道で気分が良かった。 室の内は、稜線をただ歩くだけでなく、ここに廻らないと三瓶山というお山をきちんと理解できないかなと思える場所だった。

雑木紅葉 二景

 帰路、こととい地蔵様に無事に下れたお礼を伝え、子三瓶山の蕭条たる枯れ尾花に思いを馳せながら、東の原へのんびり下った。