平家平から冠山へ ― 霜降月、紅葉の名残を探して笹原漫歩

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紅 葉 せ り 何 も な き 地 の 一 樹 に て  (平 畑 静 塔)

 コロナ禍で明け暮れた2021年も早や霜降月に。その影響は大きく、恒例の県外行は中止、人と会う機会が減るであろう、ウイークデイの山歩きにすっかり慣れ親しんで、日曜日を使うのはグループの例会だけになってしまった。ともあれ、今年は罹患することなく、とにもかくにも暮れそうだ。

 平家平(1,692.58m/三等三角点「平家平」)と冠山(1,732m)。 たおやかな平家平、冠山も山頂直下の展望岩からの眺めは出色で、なんといっても開放感抜群のルートだ。それに笹ヶ峰から続く笹のスロープは、お四国には珍しくスケールが大きい。紅葉は素晴らしいとはあまり聞かないけれど、前回の赤石山系に続いて、今回もずっとご無沙汰だったので、別子側からこの笹原の稜線を歩くことにした。

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 といっても、昔の春の定番コース、ナスビ平から平家平に周回する道は、もう鹿害と道の崩落で使えない。大永山トンネル先から入る上部歩道を使えば、ナスビ平までは藪こぎ者のキャリア?で行けるだろう。しかし、その先の一ノ谷越に至る道等も崩落とのことで、銅山川源流碑にも会えないのは残念だけど、ここは地主○○林業さんのご忠告に従うべきでしょう。

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(左)在りし日のナスビ平・カタクリ大群落  (右)こんな大株も…。
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アルビノと思われる白と赤のカタクリの競演 (右)エイザンスミレ

 結局、ちち山の別れから獅子舞の鼻を経由する、約12kmに及ぶ長大なコースしか選択肢がなく、じじいの足には堪えるが、止むを得ない。 朝7時に大永山トンネル別子口にクロスバイクをデポし、住友FH(フォレスターハウス)先の登山者用駐車スペースを朝7時半過ぎ、相棒と出発。幸い、良い天気だ。

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フォレスターハウスに渡る橋の上から、今を盛りの渓谷の紅葉を愛でる。

 カタクリのお花を観賞出来ていた頃は、もっぱら下山専用だった道を今回、初めて登る。平家谷に架かる、昔懐かしい鉄橋は比較的綺麗だったけれど、その先の道標はもう苔むしつつあった。

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整備の行き届いた鉄製の橋 と 平家平への道を指し示す道標

 尾根道になる送電線巡視路と別れ、沢道を選択。崩落しているとデータにあった場所は、真新しい仮設の鉄階段が設置されていた。問題なく通過、ただただ感謝である。

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尾根巡視路との分岐に架かる鉄橋 と まだ真新しい仮設階段

 そうこうするうちに、ジワリと道に傾斜がつき始め、カラフルな落葉ロードを楽しみながら、9:00二つ目の鉄塔下で一服する。樹林帯が刈り払われて、冠山と平家平へ連なるスカイラインが見渡せる、好展望だ。ここから愛媛・高知県境になる巡視路分岐まで標高差350m、等高線の間隔は密だけど、小1時間ほどで着くだろうとたかをくくる。

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色合いが美しい落葉の道。 冠山遠望 と 足元にあった、ツルリンドウの赤い実

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平家平~冠山の稜線をバックに、雑木紅葉が美しい。

 赤石山系を樹林越しに遠望しつつ、山毛欅の古木や楓類がメインの枯葉の道をゆく。歩き易い、しっとりと落ち着いた、昔どおりの山道。こういう道はなぜか、得も言われぬ趣があって心満たされる。 

                        我 が 歩 む 落 葉 の 音 の あ る ば か り    ( 杉田  久女 )

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「暫くは雑木紅葉の中を行く」(虚子) 句そのものの情景だ。

 上ばかり見ていて、危うく足元の面構え凛々しいヒキガエルさんを踏んづけそうになる。油断大敵や。

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なかなかの男前なのに、何故か固まって、ひっくり返ってしまった。

 10:00なんとか稜線にたどり着いた。山毛欅のあでやかな黄葉が出迎えてくれ、高知県側の谷筋はまだ白い雲海が残っていた。 早起きのご褒美なのか、お山の温かい歓迎はうれしいものだ。 

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巡視路分岐先の見事な黄葉。いわゆる、黄金の山毛欅だ。
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日が差して明るい巡視路分岐 と 瞬く間にぐっと小さくなった白い雲海。

 さても、ここからが今日のメインだ。ちち山の別れまでの笹原の稜線歩き。風も穏やかだし、これは絶好の稜線漫歩になるぞと期待を込める。でも平家平は遥か彼方だ。

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尾根道から平家平を遠望する。遠目に眺める笹!は美しい。

 上空に寒気があるのか、ややガスり始めた中、小さなアップダウンを繰り返して、少しずつ高度を上げてゆく。尾根筋の赤、黄、茶や緑の織りなす秋色を味わいつつ、広い道を登る。タチツボスミレが一輪、場所が暖かいのか、まだ残っていた。

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山腹の雑木紅葉がなかなか良かった。 まだ頑張って咲いていたタチツボスミレ

 50分弱でだだっ広い平家平についた。 ここは山頂という感じが全くしない点が気に入っている。北アの雲ノ平に比べ規模こそ小さいけれど、徳島県天狗塚の先にある、牛ノ峯とよく似ていて、のんびり昼寝をするには絶好の場所だ。ただ、今日はその時間はない。ナスビ平ルートの通行止めはほんま痛いわ。振り返ると、春歩いた大座礼山から三ツ森山に至る稜線が綺麗に望め、ちょっぴり留飲を下げた。

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平家平の山頂標識、まだ青空だ。 右端の大座礼山から三ツ森山に至る稜線を望む。

 正面の冠山の三角ピーク目指して、笹原に足を入れる。笹の深いところは先日の雨がまだ乾いておらず、膝から下は濡れそぼってしまった。稜線の別子側にガスがかかり、赤石山系の眺望も望めなくなって、がっかりだ。

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冠山を目指して吊尾根に入る。途中、アキノキリンソウがひっそりと…。

 昔、ここを逆コースで歩いていて、オレンジ・ルートといわれる米軍の訓練空域に向かうのだろう、桑瀬峠を越してきた艦載機のパイロットとアイコンタクトした記憶がよみがえってきた。一瞬だったけれど、サングラス越しに向こうさんもこちらを見ていて、スローモーションのように、コックピットの中まで鮮明に覚えている。今にして思えば、高度は1,600~1,700mの間。どう見ても明らかな超低空飛行ではあるが…。

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湧き上がるガスをバックに、面白い樹形の灌木と満天星紅葉

 微妙なアップダウンに小さな岩場、登山者が勝手に歩いて笹をぐじゃぐじゃにしていたりで、冠山まで意外に時間がかかった。不必要なテーピングを全て除去したのも原因の一つだ。最近は、意味不明なこれが多い。でも、道中、見下ろす山腹の紅葉は色とりどり。見ごたえがあって、予想外だったけど楽しめた。

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斜面を彩る紅葉の上をガスがゆったりと流れてゆく。

 12:20冠山の古びた木製道標に再会する。「お懐かしい、お変わりありませんね。」と声掛けしておく。少し下って展望岩に腰を下ろし、やや遅めの昼食タイム。サンドイッチをぱくつく相棒越しに、笹~寒風の稜線に滝雲がかかり、見下ろす山腹の紅葉もすばらしかった。ここは眺望抜群で気持ちよく、しかも落ち着けるので、山系でも最高の場所の一つだ。

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懐かしい冠山の山頂標識、寒風は滝雲の中だ。(右)ガス湧きあがる笹ヶ峰への稜線

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展望岩から見下ろす、色彩豊かな紅葉群。 絶景だわ。

 13:00出発。まだ行程の半分しか来ていない。一ノ谷越まで少し下って、ちち山の別れまで標高差150mほどの緩い登りだ。最初、急降下の道を左(高知側)に下り、右トラバース気味に稜線上に再び戻る。この間だけは唯一道が良くないところで、慎重に進む。

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途中にあった、真っ赤な満天星 と 冠山展望岩を振り返る。

 距離は短いのにテーピング除去もあって、一ノ谷越まで40分近く費やした。ナスビ平から合流する道にはもう笹が伸び、人通りが絶えたことを示している。かすかになった残滓もすぐ笹が覆い隠してしまうだろう。

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一ノ谷越のナスビ平への道。高知側へは多くの人が越したのだろう、道がへこんでいる。

 県境の道はこの先ぐっと快適になり、歩き易くて一ノ谷分岐にすぐに着いた。正面のちち山と笹ヶ峰がどんと迫ってくるけれど、赤石山系はガスに覆われ、とうとう一望もできなかった。

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県境の快適な稜線 と ユニークな形の山毛欅。自然の芸術品だ。
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奥七番の三等三角点 と 一ノ谷分岐の高知県側への降り口

 中途、赤ペンキを塗られて見るも無残な「奥七番」の三等三角点(1,618.84m)を通過し、14:20ちち山の別れに到着。歩いてきた稜線を振り返ると、別子側から吹き上げて来るガスで冠山も半分、隠れてしまっていた。もうこの先からガスの中で、これが最後の眺望となってしまう。

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冠山からの稜線を振り返る。 ちち山の別れの道標。名前のとおり、寂しいところだ。

 獅子舞の鼻までの下りは、傾斜が思ったよりきつくてピッチが伸びなかった。長ったらしい尾根道にガスもあって、幽玄の世界に迷い込んだみたいな道中に。見事なカラーリングの枯葉のじゅうたん、両側が切れ落ちた、木の根っこだらけの道とそれなりに飽きなかった。

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霧の中の枯葉のじゅうたん。ふかふかで柔らかい。

 獅子舞の鼻(1,481.62m/四等三角点「迫割」)は、ピークというより尾根の末端という印象の地味な場所だ。

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獅子舞の鼻山頂、手前は四等三角点。もう霧で周囲は何も見えず。

 三角点から左回りにぐるりと下りた岩陰に、ちょっと怪しげな恵比須様がいて、その先の山毛欅の根元に、赤いお獅子様が鎮座してました。どなたが置かれたんでしょう、陶器製で重かったでしょうに。 でも、山毛欅は神宿るといわれそうな大木だったのが救いで、多分、それもあってここに置かれたのではないでしょうか。

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赤い2頭のお獅子様 と その手前の岩窟にいた恵比須?様

 最後の見どころも終わり、後は下るだけだった。道すがら、まだ残っていた紅葉を堪能しながら霧の中を行く。

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夢うつつの道というべきか、幽玄の世界に近い。
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時々、はっとするような紅葉や山毛欅の巨木にも巡り合えた。

 馬道の別れ、大坂屋敷跡(電波中継局が建設されている。)と淡々と通過し、16:45大永山トンネル別子口手前の下山口に降り立った。

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左から 馬道の別れ、大坂屋敷跡と七番越への降り口
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七番越の分岐と大永山トンネル手前の下山口。長い一日だった。

 後半は、ガスに祟られてちょっと残念だったけれど、今年最後の紅葉を一樹、一樹、立ち止まっては愛でて、たっぷり堪能できた。山やの紅葉狩りっていつもこのパターンなので、まずは良しというべきだろう。

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馬道の別れへ降りる中途で出くわした、色とりどりの黄葉のトンネル。