東之川(標高550m、以下同じ。)から登るのはもうかれこれ、五十年ぶりくらいか。随分とご無沙汰で、以前歩いたのが、東之川新道(幾島新道)だったか、今日歩く旧道だったか、もう記憶も定かでない。たしか、氷見二千石原で山スキーをする計画だったはずで、板が灌木に引っかかってばかりで難渋したのだけは覚えている。
早朝7:10、人気のない集落から鉄橋を渡って旧道コースに入る。最初の出だしは集落跡と石垣の間を縫う道だ。そこそこ踏まれていて思ったほど荒れてはいない。トレラン連の若い人やたまには登山者も歩いているのだろう、なにせここは山系でも長い歴史を持つクラシックコースの一つだから。
気温5℃前後の中、小1時間も歩くと体が少し暖かくなってきた。ずっと檜の植林帯の中を歩んできて、ここら辺りから路傍に散見されていた小雪がはっきりとした積雪に変わってきた。昨日、瓶ヶ森が霧氷に覆われていたのは確認していたけれど、雪になっているとは思っていなかったのでちょっと驚く。 でも、今年お初の雪を踏みしめて登れるのはうれしい限りだ。 道は地図上で読む限り急登の連続だけれど、実際に歩いてみるとやはり旧来の登山道で、急登と巻き気味の道が交互に現れて体に優しいし、非常に歩き易く、さすがクラシックコースだ。
9:00岳連ヒュッテのオーナーだった幾島さんが切り開いた新道との合流点(1,170m)に着く。植林帯はもうほぼ真っ白、もう歩く人のいない新道はかすかに名残が残るくらいで、いずれ道があったことも忘れ去られるのだろう。キャンプ場で焚火をしたキャンパーを叱っていたオヤジさんのダミ声がなぜか聞こえたような気がした。
ここから先は徐々に、植林帯から広葉樹林帯に樹相が移り、落葉しきった木々の間を行く道は空が明るくなる。今日はもう霧氷のオンパレードで、至るところで感嘆の声をあげながら歩んだ。カメラのレンズは人の眼にははるかに及ばず、素人がこの光景をカメラで表現するのはなかなか厳しいものがある。
10:00台ヶ森(1,524m)のコルに着いた。 台ヶ森山頂まで距離は100mくらいなので、ザックをデポして空荷でピストンする。笹に積もった雪と上からの霧氷の氷片の攻撃でもう全身真っ白だ。
残念ながら瓶ヶ森方面はガスがかかって霧氷花咲く山体斜面しか、望むことができなかった。ここ山頂標識があったはずだけど、見当らず…。代わりに岩に降り積もった雪に山名を書き込んでカメラに収め、撤収する。
コルを出発して小1時間ほどで瓶ヶ森避難小屋に。入口の戸が凍結していて開かず、小屋右手の梯子を伝って2階から内部へ入り、内側の氷をツルハシで砕いてやっと戸が開く。 冬はなにをするにしても一苦労だけれど、風と寒気を避けることができる小屋の存在は大きい。土間が広すぎるのと暖が取れるストーブがないのは玉にキズでも、やはり有難いものだと思った。先に昼食を摂ることにし、山頂はあとにする。
手早く食事を済ませ、小屋内に入った雪を掃き出してから出発。菖蒲峠への道の分岐にザックをデポし山頂へ向かう。チェーンアイゼンもここから装着だ。コメツツジやサラサドウダン等に霧氷が発達していて、さながら冬の華。夏との大きな相違点はその造詣の妙と言えるだろう。氷見二千石原もウラジロモミが数百本のクリスマスツリーと化して雪をかぶった笹とのマッチングが美しい。
盛夏、あれほど人が溢れていた二等三角点1,896.54mの山頂は無人で、蔵王権現様がお一人で気丈に守っておられた。 ここも残念ながらガスで展望はなかった。上空が晴れているのはその明るさから明白なのだけど、切れる見込みはなく、長居は無用と早々に下ることに。
13:20菖蒲峠へ向かう道に入る。ここから先はあまり人が歩いておらず、道が段違いに悪くなる。おまけに腰近くまでの笹で刈り払いは当然ない(当たり前か)。笹に乗った雪をストックで落しながら進むものの、途中からいい加減、嫌になって下だけ雨具をスパッツの上から履いた。おっくうがらずに最初から履けばよかったけれど、これも初雪のなせるわざかもしれない。 菖蒲峠までは標高差約700mの概ね下り、しかし距離は東之川→瓶ヶ森山頂の5.8kmにほぼ匹敵する長丁場だ。半分ほどが林道歩きという点は確かに楽だけれど、そこに出るまでは微妙なアップダウンに道自体が人に踏まれておらず柔らかいうえに、新雪がステップを隠す。これはもう悪路といってよいかな。
このコースを歩く目的の一つだった、石鎚桜の樹(1,700m付近)は冬の冷気と降雪の中でひっそりと立っていた。大地にしっかり根を張って、いでたちは修行僧のように地味だ。 もう幾年前か、R194号から入る蔭地林道が菖蒲峠まで開通したての春、峠に車をデポして瓶ヶ森まで往復したことがある。当時、林道は峠まででそこから先は比較的状態の良い登山道を歩いた。 その中途、この木に出くわして独特の樹形に正直、驚いた。可愛らしい小花が満開で、強く印象に残った樹は、今はもう立派な大樹に成長していた。 しばし佇んで再会を祝し、順調に成長を遂げた樹にエールを送る。
稜線風を避けて一服しているところに後ろから単独行の兄さんが追い付いてきた。 双方ともビックリである。ウイークデイにこのルート、人に会う方が稀だ。雪に残る靴跡はビブラムではなく、トレランだろうと踏む。先を譲ると瞬く間に姿が見えなくなって、若い人の元気をお裾分けしてもらい、こちらも頑張って進む。林道終点はすぐだった。幅員3、4mはありそうで、石ころの上に雪がかぶさって、ちょっと歩きにくかったけれど、先行の兄さんの足跡を忠実に追って楽をさせてもらった。
菖蒲峠に着いたのは15時過ぎだった。ほぼプランどおりで、高森(1,359.56m)への入口に立つお地蔵様?にもご挨拶。 でもここは、優雅な名前とは裏腹の、だだっ広いだけのうら寂しいところだ。 風花舞う中、休憩は不要とすぐに東之川への下山路に入る。
しばらくは地形図より狭く感じる稜線を急降下だ。はっきりしていて間違えようもないが、やがて植林帯の判別しにくいジグザグ道に変化。赤テープを頼りに1,020mの屈曲点に立つ、道標を目指す。
これを見落とさなければもうあとは大丈夫。 融雪で濡れて滑りやすくなった道を慎重に下り、今はもう無人と思われる集落に帰り着いた。 大して寒くもなく、師走に入ったばかりのこの時期に初雪も踏めて、運に恵まれた、静かな山行が終わった。