北緯45度 最北の孤峰 利尻富士(利尻山)を行く(前編)

車窓から遥かに利尻富士利尻山)を望む。 あぁ、やっと来れた。

 離島のお山といえば、南は九州宮之浦岳(1,936m・屋久島)、北は北海道利尻山(1,719m・利尻島 が両雄で、この二つが標高では全国1、2位を占める。 2017年春に訪ねた南の九州屋久島は、洋上アルプスといわれるとおり縦断に2泊を要する規模で、北の北海道利尻島とはそもそも面積が全く違う。 屋久島の504.89㎢に比べ利尻島は182.12㎢とその3分の1程度しかない。 利尻の語源はアイヌ語の「リ・シリ」、「高い・島」という意味らしい。 ここは島全体が一つの火山島で山体は何処から見ても美しいコニーデ型だ。 巷の百名山ハントには全く興味はないが、屋久島を歩いておいて、ここに行かないという選択肢は自分にはなかった。

利尻富士利尻山)概念図 (1/25,000)

 北海道は、学生時代の夏合宿で訪れて以来で、足掛け50年近くご無沙汰だった。 知床峠から知床硫黄山を目指して羅臼岳(独立標高点1,661m)を南面からアプローチするも、大人の太腿程もある重畳たるハイマツ帯に苦戦、登頂は果したものの合宿は無念の敗退と苦い思い出の地だ。

 でも、道北の最高峰 利尻山は行動時間こそ10時間を超えるコースタイムでも、よく整備された日帰り可能なルート。 知床とは、もう全く違ったお山だ。 おまけにヒグマ、蛇はいないし、安全な水と野鳥の楽園にして高山植物の宝庫ときてる。 コースは、鬼脇山(1,460m)から南稜に出る鬼脇コースはもう使えないため、鴛泊をベースに沓形・見返台園地から入って鴛泊・利尻北麓野営場に下りる周回プランとした。

泊港行きのフェリーから遠望する利尻富士利尻山) う~ん高いわ。

 しかしながら、お四国から距離の近い屋久島と違って、北海道のそれも最北の離島となると、おいそれと動けるものではない。 加えて新コロナの蔓延等で足掛け3年延期の羽目に。 もう待ちくたびれて齢も古希越え。 新コロナがやや落ち着きを見せたタイミングを見計らって、時は今と7月下旬、長駆の速攻登山を実行することに。

JR札幌駅の平和と共生の願いが込められたアイヌ・イランカラプテ像と乗車した特急 宗谷&チケット

 でも遠いわ。 関空→新千歳こそ2時間ちょっとでも札幌稚内はJR5時間。 エアラインを使えば利尻に手早く入れるけれど、省時間だけがアプローチのベストとは思わないひねくれ者としてはやっぱりJR。

JR名寄駅構内にあったアカゲラとオオバナノエンレイソウ、紅葉をモチーフにしたプレート 原作者は誰だろう。

 沿線は、冬の防風雪林? のエゾマツ、トドマツ、カラマツに加え、水楢、漆、ドロ、ダケカンバに柳とオオイタドリの大群落、これにウツギの白い花が点々と続いてとても印象的。

天塩川のゆったりとした大きな流れ。 カヌーを楽しんでるクルーもあった。

 田畑は水利があれば稲、なければ麦が主流だけれど、大豆、カボチャ、飼料トウモロコシにソバ、天塩ではジャガイモが多かった。 道中全く飽きなかったけれど、やはり一番は北海道の広さ。 青空と地平線を見ているとすっきり気分が晴れる。 せせこましいお四国がちと嫌になりました。

車窓からの北海道の典型的な風景。 この広さと空の青が魅力だ

 昼過ぎに着いた稚内は、フェリー乗船まで少し時間があったので、市内をうろついてみた。

登録有形文化財 旧瀬戸邸(ニシン御殿で中が凄い贅沢なつくり) と 港内停泊のイカ釣? 漁船
雪の降る街の定番、縦配置の信号機 と 昼食のオムライス、ボリューム満点も肝心のお米が…。
巡視船 りしり(PL-11 ヘリ甲板付/1,500t)と水産庁漁業取締船 かなざわ(IK 1-518/ 499t)

 薄明の早朝3:30旅館発で沓形見返台園地下の登山口まで軽四貨物で送ってもらう。 ここは昆布と観光立地の島、沓形の集落から園地までの山道は手入れされた綺麗な舗装路だし、登山口の案内図も詳細でよくできている。 園地(標高420m 。 以下、「標高」を省略。 )に他の車はなく、どうやら自分一人だけらしい。

見返台園地駐車場のすぐ下にある登山口と案内板、右は旧登山道の分岐

 4:25、最北の単独峰への第一歩を踏み出す。 すぐ440mの旧登山道に合流。 昔はこの道を集落まで下らないといけなかったようだ。 最初は樹林帯の中で展望もなく、石交じりのごく普通の登山道だ。 お四国との違いは周囲が笹でなく根曲り竹だということくらいか。 ヤマハハコ、ヨツバヒヨドリ、ヤマブキショウマやアキノキリンソウが道沿いに点々と咲いて出迎えてくれる。

石交じりの根曲竹が密生する登山道、最初はこんな感じから始まった と 清楚なヤマハハコ
点々と登山道を彩る、左から ヨツバヒヨドリ、ヤマブキショウマにアキノキリンソウ 

 30分程で早くも6合目(650m)の道標に。 まだ汗もかいていないけど、シラヤマギクやエゾノヨツバムグラが今度はごあいさつ。 ウグイスやコマドリかなと思われる野鳥も元気だ。 利尻山は道標整備が行き届いていて、沓形、鴛泊両コースとも標識が統一表示され、とてもわかりやすい。 特に、標高の表示があるのは有難かった。

6合目・標高650mを示す標識 と 根曲竹が消え、少し様相の変わってきた登山道
ひっそりと咲いていて見逃しそうな、シラヤマギクとエゾノヨツバムグラ

 5:15 振り返ると、雲海に包まれた海から上は快晴。 朝霧の中から沓形の街並みと港が浮かび上がって離島ならではの素晴らしい眺め。 ゆったりと動いてゆく霧をしばし堪能させてもらう。

雲海に浮かぶ沓形の街並み。 洋上は分厚い雲だ。
チシマアザミの可愛い、淡いピンクのお花 と ユニークな実がぶら下がる木(なんて名前の木だろ? )

 すぐまた樹林帯に潜り込んで少し登ったなと思ったら見晴台避難小屋(795m)だった。 まだ5:30なのにあっけなく着いてしまった。 色あせた赤塗りのCB造平屋建、中は土間のみで12,3人も寝れば一杯だろう。 水もない様子で泊は難しいかな。 裏手に携帯トイレブースが1棟ひっそりと佇んでいた。

見晴台避難小屋の外観と中の様子、裏手にひっそりと佇む携帯トイレブース

 800m付近から徐々に灌木とハイマツ帯に移行する。 7合目道標手前で目指す山頂が遥か彼方に望めるようになった。 後日整理中に、親不知子不知の全容が正面に映っているのに気付いた(やや左奥の赤茶けたガレ状の斜面)けど、この時はこれがそうだとは思いもしなかった。

7合目 875mの道標 と 気品のあるゴゼンタチバナの白い花

利尻本峰を遠望する。 手前の大きな稜線の右末端は9合目 三眺山

 礼文岩は道沿いのどこにでもあるようなただの岩塊で、すぐ通過。 狛犬の坂に入るすぐ手前の好展望の岩塊群で朝食のおにぎりを頂く。 柔らかい絶妙の握りで美味しくて元気が出た。 いや~、礼文島は雲の中も、間の水路と沓形集落がくっきりでこれは絶景ですなと独り言ち、イワギキョウの淡麗な紫色に心洗われる、至福の時間。

まさに絶景といって良い眺望 と 岩塊群をシルエットに日本海を望む
礼文岩、もっとでっかい岩塊だと思っていた。 心洗われるイワギキョウの紫のお花。 頂上までずっと咲いていた。

 このコースはやたら坂だの岩だの名前が付けられているけれど、道自体は無理筋の急登もなく、しっかりした登山道でとても歩き易い。 帰路に使った鴛泊ルートの冗長な長い下りに比べ距離は随分と短く道質も良い。 9合目から山頂の間に数か所、登山ガイド類で難所とか危険マークが付いているゾーンがあるものの、一定の経験と慎重な対応ができれば大きな問題はなく(ただし、雪のない時期限定だが…。 )もっと登られて良いコースだと思う。

狛犬の坂と夜明しの坂の案内板。 どちらも大した坂ではなかった。 中央の白いお花は独活のお仲間? 

 7時前に8合目(1,160m)を過ぎ、正面にそびえる三眺山を目指して馬の背というトラバース気味の緩い登りを行く。 もう周囲は灌木帯で目線を遮る木々はなくなった。 左手に鴛泊ルートの8合目長官山の三角形ピークがくっきりと逆光のシルエットになって見えだした。

奥に利尻本峰群 手前右端は三眺山 朝日を正面に浴びての登高だ。
8合目 1,160mの道標 と シルエットになった鴛泊ルート8合目、長官山の三角形のピーク
馬の背 の案内板  なだらかで歩き易い稜線だ。 右はリシリビャクシンの青い実

 この辺りからお花類がぐっと豊富に。 カメラを使う回数が増え、当然にピッチも落ちたけれど、このお山はこれがメインと意に介さず。 結局、8.5合目トイレブース(1,380m)まで40分も使ってしまった。

登山道横のミニお花畑。 いよいよ百花繚乱のお花の饗宴の始まりや。
左からオオカサモチ(独活のお仲間)、オニシモツケ、実になりつつあるギョウジャニンニクにコケモモの実
左から ハイオトギリ、ウラジロタデ、ミソガワソウ、マルバシモツケ
 左から リシリトウウチソウ、カンチコウゾリナ、シオガマギク 右端はオオヤマレンゲによく似た葉に留まる蛾の一種(ご愛敬! )

 最後はちょっぴり急登だったけれど、8:00 9合目三眺山(1,461m)に到着、山頂方向から陽が差しこんで、もろ逆光だ。 正面に利尻本峰、左側は緑なす緑の中にお花畑、右側は仙法志稜のそそるギザギザの稜線と西壁の崩落も凄まじい荒涼たる眺め。 これまでの優しい山容から極端なアンバランスに変化。 この激しさがこのお山の本質なのだろう。 いよいよここからが本番やなと、ゆっくり大休止することにする。

三眺山ピークから利尻本峰を望む(中央やや右の最奥部)
崩壊著しい仙法志稜の荒々しい斜面 と 鴛泊ルート長官山の遠望
三眺山ピークの全景 と 9合目 1,461mの道標のアップ、道標左側に隠れていた三眺の宮 お社

 20分休憩して英気を養ってから出発。 ルートは西壁(本峰に向かって右側)の荒涼たる崩落ゾーンを避けて左側の草付きに付いている。

利尻富士利尻山)・核心部(1/12,500)

 最初のコルへ下る中途にまず難所の第一弾、「背負子投げの難所」の案内板があった。 5m程急傾斜の岩稜帯を下る。 道の左側は崩落してバッサリ切れていて、まぁ難所といえばそうかもと思いつつ、あっさり通過。

親不知子不知への中途から見た背負子投げの難所の俯瞰図 と 案内板 写真ほどの傾斜はない

 ここからしばらく草付きの小尾根を巻きながら高度を上げてゆく。 白、赤、黄にピンクや紫ともうお花畑真っ盛りで、その質量が凄い。 十分に南ア・荒川前岳から荒川小屋間のそれに匹敵し、いや~堪能しました。 写真ばかり撮ってて、後ろに単独行の若い女の子が立っているのに気づかず、ファインダーに人が映ってビックリ。 次の難所(右側の切れ落ちた砂地の滑りやすいところ)までまたまた40分も費やしてしまった。

左から トウゲブキ、サマニヨモギ、バイケイソウ、エゾノハハコヨモギ
左から チシマフウロ、イワベンケイ、ミヤマアズマギク、エゾヤマゼンゴ
左から カーネーションピンクに近い色の鮮やかなエゾツツジ、シュムシュノコギリソウ(白花)にコウモリソウ?

 第二の難所はほんの5,6mくらいの緩い登り。 でも、一番危ないなと感じた。 右側はスッパリ切れ落ち、道はパウダー状の砂地で、ビブラムが少しずる感じのいやらしさだ。 すぐ通過したが、まだジャンダルムに向かう馬の背の両面切れ落ちた岩稜の方が安心感がある。

 くだんの女の子(以下、「W嬢」と呼ぶ。 )はここでとうとう正座して動かなくなってしまった。 実は、振り向いて座っているのを見た途端、「危ない。」と声を上げそうになった。 「よりによって、どうしてそこで座るの?」と聞いたら、返ってきたのは「高所恐怖症なんです。」  こんなところで禅問答をしている暇はないので、「一度座りこむと立ち上がる際が最も体が不安定になること、ザックの重みがあるので、片膝立ててからゆっくり立つこと」を説明してなんとか突破させた。

 下に載せた俯瞰図のとおり、すぐ下は崩壊の進んだ、溶岩流と火山砕屑物の互層となっているのがはっきりと確認できる。 地元の登山ガイド類に危険マークは載っているが位置が不明瞭で、ここは予想外(想定外ではないが。 )だった。

右側の切れ落ちた砂地のずるところ と 親不知子不知の俯瞰図(拡大)

 すぐ第三の難所、親不知子不知だった。 トビウシナイ沢のはるか下に見える雪渓まで地図読みで標高差650m弱もある大斜面(大崩落帯かも? )だ。 おまけに赤褐色の火山礫が堆積していて靴がずるずるとズってしまう浮石帯。 でもトラバースの距離は2~30mくらいだろう。 雪はもうないし快晴微風、上の岩場から突然の落石でもない限り、さして問題はないかなと踏む。 ただ、積雪期は足元が雪で安定はしても、雪崩や滑落の懸念もあって嫌な場所だろうなとは思った。

通過した後に撮った親不知子不知の全景。 左端はW嬢。
親不知子不知の案内板、トラバース前の全景と小さな雪渓の残る大斜面の眺め
トラバース中途の三景  (左)崩壊の激しい、真上の岩壁 (中)振り返る (右)雪渓まで遠いわ

(左)三眺山山頂の火山岩 (右)親不知子不知の火山礫  重さが全然違う。

 向う側に下山中の単独行者がいたので、声掛けしたが返事がなく、こちらとしては最もやりたくなかった浮石帯の真ん中ですれ違うことに。 最近はこういう類の自分のことしか見えていない? 輩が多くて閉口する。自分が渡り終えるまで待ってもらっていたW嬢には、雪を踏み固める要領で数回火山礫を踏みつければ安定したステップになるから、その繰り返しで渡っておいでと伝える。 10分ちょっとで無事通過。

 すぐ先でやっとエゾノハクサンイチゲにめぐり会えた。 清楚で情感のある白いお花にほっこり気分も和む。

エゾノハクサンイチゲ  最も見たかったお花の一つ、大きさはアルプスに比べやや小ぶりだ。

さあ、あともうちょっとで足掛け3年待ちわびた、最北の単独峰のピークだ。