芒種も過ぎて、6月も中旬になろうというこの時候、遅まきながらやっと梅雨入り発表も出たが、もう既にはしりはしっかりと。梅雨晴れを狙って、たまさかのウイークデイ、久しぶりに面河裏参道を歩くことに。
ここは、晩秋から玄冬の森閑として寂び切った、この路の風情が好きでよく出かけたけれど、だからといって今の季節が良くない訳でも…。なんといっても石鎚への登路の中では出色の、なかなか趣のある、いわば玄人好みのルートである。それに週末を外せば、唯一の欠点であるスカイラインの騒音を聞くこともない。
早朝7時前、誰もいない旧渓泉亭横に車を止める。正面に亀腹の大岩壁、それをバックにオオヤマザクラの古木が今年も元気に葉を広げている。かつては天に突き上げるような高さだったらしいけれど、今は空洞と化した幹がわずかに残るだけ、その中途から新枝が伸びていて、しっかり健在だ。
ここから登山口までは二つあるキャンプ場や下熊渕、上熊渕を経由して30分弱。ちょうど良いウオーミングアップだ。
7:40水吞み獅子手前にある登山口から石段を登り始める。最初、小沢沿いに少し行き、右に折れてからジグザグの急な石組み道になる。鷹室まで標高差150m弱、樅や栂中心の樹相にシキミやヒサカキの混じるいわば暖帯の林で、しっかり汗もかく。信仰の力とはいえ、これだけの石を人が歩けるように組み上げた先人に感謝である。
鷹室まではそれでも20分弱だった。静かで小鳥のさえずり以外、しんとしたものだ。気温は15℃前後、汗ばんだ体にひんやりとした風が気持ち良い。すぐ先の岩場までちょっと行ってみる。虎ヶ滝に向かって落ちる屏風尾根の頭に位置する岩塊だ。割れ目をつたえば途中まであがれそうだけれど、今日は自重する。
鷹室を過ぎると霧ヶ迫(きりがさこ、「さこ」とは谷の意味らしい。)の水場まで右にトラバース気味の登りだ。ヒメシャラなどの広葉樹に樅等の針葉樹が混じって巨木が多く、深さを感じる樹林帯だ。ここまで歩いてきて、意外だったのはお花の多さだった。地味なお花ばかりだけれど、秋や冬の季節ばかり歩くのも考えものだなと少し反省する。ミソサザイや鶯の元気なさえずりやツツドリのとぼけたような鳴き声も耳に心地よく響く。
霧ヶ迫は、登山口から1時間程で着いた。一服するには絶妙の位置にあって、年中涸れることのない水場は夏冷たく冬暖かい。天候の変わり目に霧が発生すると聞いているが、これはまだ見たことがない。
ここから稜線に乗るまでジグザグ道が続く。所謂、昔風の登山道で、登りとはいえ体への負担が少なく、まことに気持ちのよい道だ。別名、巨木ロードと名付けてもよい程、山毛欅や栃等の巨木が連なる。最近できた、大山毛欅の倒木の門をくぐり、樅の巨木をすり抜けるともう稜線。急登はここで終了となる。
標高1,400mに乗っても、面河山(1,525m)までは広葉樹主体の緩い登りが続く。道は山頂を通らず、その下を回り込むと、やっと石鎚本峰を望むことができる。この先から眺める南尖峰(1,982m)は斜めにかかる中沢、南沢の谷筋と相まって秀麗で、なかなか見ごたえがある。
愛媛大学山岳会石鎚小屋(通称、愛大小屋)まで続く、山毛欅の巨木群と面河笹の織りなす情景はしっとりと心になじんで、新緑や紅葉の時期は素晴らしいの一言に尽きる。この情景を堪能できる隠し味は緩い登りトラバース道で、小屋の標高は1,600m位だから、いかに歩き易いか、お判りいただけるだろう。
この中途に、日陰のジクジク湿った涸れ沢を通過する場所があって、ハシリドコロに似たお花を持つ植物を確認。2株あり問題なのは、お花がエンジ色ではなく緑がかった白色なことだ。ハシリドコロは白や黄色のお花があるらしいがまだ見たことはなく、葉の付き方も微妙に違っている。現場ではそれ以上判らないので、一応、写真に収めておいた。 で調べてみたら、どうも同じナス科のアオホウズキらしい。環境省、愛媛県ともカテゴリーは絶滅危惧二類(VU)。愛媛県RDBには写真がなく確定できていないが、ご存知の方は特定をして頂けると有難い。
写真を撮りつつトラバース道も楽しんで10:30愛大小屋に着いた。避難小屋は無人、でも綺麗に清掃されている。ベンチで10分程休憩を入れてから、お庭場まで広大な笹のスロープを右にトラバースする道を目指す。
西ノ冠岳(1,894m)から二ノ森(1,929.6m)への稜線から落ちる5、6本の小沢を巻きながら進む。このゾーンはナンゴククガイソウとオオマルバノテンニンソウが谷筋を埋めて花期になるとその競演は素晴らしいが、今はまだちょっと。
やがて着いた笹のスロープは、タイミングよく日が陰ってくれて涼しく、爽やかな風もあって快適に通過。小1時間ほどでお庭場に着いた。山系一の美味しさといわれている、シコクシラベの水場で水を補給し、お昼にする。
12:35に面河乗越と二ノ森方面の分岐を通過し、今日の目的地、西ノ冠岳のお花畑への道に入る。弥山(1,972m)辺りから眺めると道は平坦そうに見えるが、実は凸凹に隠れ石もあって、ちょっと厄介な道。山ボラの草刈があったのか、笹が刈り払われて視認性も良く、厄介さも少し軽減。 北岳(1,920.63m/三等三角点石鎚山)への直登ルートはパスし、アカモノの白いお花を楽しみながら30分程でお花畑に着いた。
あまり広くはない岩礫地にユキワリソウが群落をつくり、コイワカガミにキバナノコマノツメ、ノギランそれにモウセンゴケまである、多様さだ。花期はやや過ぎつつあったけれど、十分に堪能できた。
ひと通り撮り終えて、一風変わったやや怪異な姿の石鎚本峰を眺めつつ、たっぷり30分休憩を取る。これから行く面河尾根ノ頭(1,866m)や二ノ森に谷筋からガスが湧き上がって山頂を隠しつつあるけれど、大したことはないだろう。 面河尾根ノ頭には、二ノ森へのトラバース道の山頂直下辺りから、笹がなくて歩き易い針葉樹林帯の中を直登する。14時過ぎに山頂を越え、休まず面河尾根の下りへ。直下の笹原に今年もササユリが元気でいるか、早く確認したかったこともある。標高1,840m付近、恐らく山系で最も高い位置に咲くササユリだと思う。 探すこと10分弱、ありました。小さな緑白の蕾をつけて…。株数は少ないけれど、やはりここのお花は色が濃く、情感を湛えて美しい。
一安心して尾根を下る笹原を進む。愛大小屋への分岐で相棒と相談し、今回は尾根をまっすぐ下ることにする。腰までの笹原を進むことになるが、ショートカットできるメリットの方が大きい。
面河山手前の1,551m独立標高点辺りで斜面を下ってトラバース道へ合流する。あとは黙々と下るだけだ。16:00に霧ヶ迫の水場に着くまで休みなしだった。冷たい水で顔を洗って一息つく。尾根を下ったので、途中の沢で水を補給できなかった相棒はペットボトルに水を詰めている。涼しい沢風ではあるが、体を冷やし過ぎないよう短い休憩に止め、出発。
鷹室から先の石畳道は結構、膝に来るけれど意識してペースを落してやり過ごした。40分程で神社の鳥居をくぐり、登山口に戻った。あとはクーリングダウンを兼ねて坦々と遊歩道を歩き、旧渓泉亭前のオオヤマザクラに無事下山の報告をするだけだ。 お花畑の彩りに新しい発見もあった、今日の山行が終わった。