深秋の筒上・境界尾根から笹倉へ ― 山系随一といわれる雑木紅葉を味わう、日帰り周回の旅

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蒼天と紅葉。圧倒される情景だ。

 10月下旬、寒冷前線を追い払うかのように北の高気圧が張り出してきた。冬と違って一日限りの吹き出しの収まった日曜日、かねてから石鎚山系でも山毛欅、楓類や満天星紅葉の美しさを謳われる、この稜線を歩くことにした。

 愛媛・高知の境界尾根は、山頂直下の迷いやすい岩稜帯とほぼ全行程が笹ブッシュの踏分道で、一定の山行経験を要求されるコース。過去、訪れたのは全てアケボノツツジと雪洞山毛欅の新緑が味わえる春。秋は、面河裏参道を優先してきたツケが祟って、遅ればせながら今回が初見参である。

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ルート概略図

 下山口に車をデポし、7:45相棒と二人で、気温5℃と朝寒の土小屋をスタート。快晴の日曜日とあってまだ8時前というに、もう駐車場は満杯に近付きつつある。お四国はもちろん、大阪、神戸、広島とナンバーは多彩だ。大混雑の様相の石鎚方面と違い、こちらは手箱に向かう二人組と我々だけ。静寂の世界で、晩秋の山紅葉行には絶好のシチュエーションだ。丸滝小屋に向かう巻道に入ってすぐの、山系でシコクシラベの水場とともに美味しいと並び称される水場は、三日前にあれだけ降ったにもかかわらず、細々とした量だった。結構、晴天が続いたからなと思い返す。 

 丸滝小屋を過ぎて筒上山へ直接突き上げる道と巻道との分岐までの間で、早くも紅葉のオンパレードが始まる。朝日を受けて透き通るような赤や黄が碧い空に映える。この情景は人間の眼でしか味わえない。カメラではどうやっても的確に表現できない代物だ。しばし見惚れるも、これは単なる序章に過ぎなかった。

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赤、黄、赤紫と紅葉が碧空に映える道を行く。
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蒼天と紅葉。視覚にズンと響いてくる情景だ。

 標高1,600m前後まで紅葉は降りているという情報だったけれど、筒上周辺は1,800m~1,500mの帯状に一斉に紅葉となっていた。山頂に向かうやや急な登りに喘ぎながら、コハウチワカエデ、満天星躑躅や山毛欅の紅・黄葉にしばしば足を止めさせられてしまった。

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実際はもっと美しかった赤紫色ともう霜柱が立っていた路

 山頂直下のアケボノツツジやゴヨウツツジはさすがに散っていたが、出足好調な色づき具合を楽しみながら9:40筒上山頂に着く。おざなりだが、いわゆる日本晴。これから歩く境界尾根の稜線の先にポッカリと檜林の中に笹倉、振り返れば、山系の山々はもちろん、赤石山系二ッ岳の双耳峰、遠く剣山系まではっきりと視認できる、上々の好天だ。 

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筒上山頂から鎚~五代ヶ森の稜線を望む
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一輪だけ残っていたリンドウと山系の遠望

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これから行く愛媛・高知境界尾根。笹倉もかすかに…。

 行動食休憩後、14時笹倉着をめどに、境界尾根に入る。春と違って背丈の伸びた笹や白いダケカンバ、ゴヨウツツジの木につかまりながら、笹の踏分道を一気に下ってゆく。のっけから膝が笑いそうな傾斜だ。すぐに岩稜と灌木類ミックスの下り。笹が下地の岩峰群のすき間を埋めているシャクナゲやアケボノツツジ等の灌木群を潜り抜ける。春に敷設して置いた、橙色のテープはヒラヒラとしっかりお役目を果たしてくれた。

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道とは思えない下りをかえりみる。オブジェのような、妖しいゴヨウツツジの大木

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岩峰をまきながら紅葉を楽しむ

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アケボノツツジ古木と白い岩峰、絶妙の組み合わせだ。
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アケボノツツジ古木の春秋・紅葉と春の花。今年は花付がよくなかったのが残念。

 空を望むと赤や黄、緋、橙色の紅葉が目白押しで、途中から写真を撮っているのか、歩いているのか、もう判らなくなってしまった。

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小さい秋・連作
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(左・中)右手の岩峰群を横目に笹道を下る。(右)下り途中のギャップ(ルートではない。)

 11:00、岩稜帯を抜けて、1,640m地点のシャクナゲ林の岩の上で休憩。通常、ここは小1時間で抜けるけれど、撮影に加えて、テープの追補もしながらで時間を喰ってしまった。

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岩から手箱越を遠望する。華やかな雑木紅葉の協奏曲だ。

 それにしても、息つく間もないような紅葉の連続だ。山頂から見下ろしたときは落葉後の灰色ばかりだったけれど、いざ歩いてみると、なんの真っ盛りといって良いだろう。 

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岩に張り付いて逞しい広葉樹とくの字に曲がった針葉樹。様々だ。
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気持ちの良い下りの路と満天星躑躅の紅葉

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赤、青、緑に白(灰)のそろい踏み。絶景かな。

 ここから先は、背の高さに近い笹ブッシュだ。足を入れて抵抗がなければルートという、なんとも…の路だ。笹に潜む倒木を幾度か乗り越えつつ、もう10月下旬、汗はかかなくて済むのが有難い。

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途中で見つけた動物の糞。甲斐駒で見たツキノワグマのそれに酷似してる。

 ここも空は紺碧、周りは紅葉づくしだ。なんちゅうルートやと思う。笹ブッシュ帯を抜け、丸笹山(1,516m)まで膝の高さに下がった笹の踏分道を、小さなコブを越えつつ快適に進む。左右の紅葉はまだまだ続き、酔いそうになりながら、かなり前にネットで「本当にすごい規模、恐らく山系随一。」と書き込まれていたのを思い出した。当たってるわと思う。これほどの紅葉ロードはこの山系では記憶にない。 

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黄金色の山毛欅。面河裏参道では久しく見ていない。
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こちらも黄金色の山毛欅と岩に乗る雑木紅葉
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見事な山毛欅の黄葉と満天星躑躅の赤

 12:55丸笹山と1,530m笹原ピークの中間にある、落葉のコルで一服。もう笹倉まであと一息だ。

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丸笹山の標識。小さくて見過ごしてしまうところだった。

 1,530m笹原ピークへの本来ルートは笹原かきわけて直登だが、西側の広葉樹林の中は日照の関係で笹の密度が低く、春と同じく、無駄な体力を使わないよう、ここをルートに選ぶ。

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黄葉の間から1,530m笹原ピークを垣間見る。

 そこそこ急な笹ブッシュをこいで13:20笹原ピーク着。北東の正面に筒上山と境界尾根、左に瓶ヶ森と岩黒山、右に手箱山と絶景‼と言いたいくらいの眺めだ。点々と緑の中に赤、黄、緋、橙。色とりどりで美しい。

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1,530m笹原ピークから筒上山、瓶ヶ森、岩黒山と境界尾根を振り返る。

 春に切り開いておいた、笹中の休憩場所はもう生い茂ってどこだか分らなくなっていた。笹倉でお昼にすることに決め、ここは撮影だけですぐ先のコルを目指す。 

 コルから本来ルートを外れ、春にテストランして大正解だった、道のないショートカットに入る。前回と違うのは、笹が成長して少し背が高くなり、急降下の80m程の下りが格段に楽になっていたこと。あっという間に下のナル(平坦地)についてしまった。この先からは、緩い傾斜の腰くらいの笹原通しで、小沢→沢→小沢の順にトラバース。獣道を縫って下り気味にしばらく笹の中を歩くと、正規ルートに合流。すぐ先の檜植林帯を5分も下るともう笹倉だ。13:55、ほぼ想定通りだった。 

 笹倉は無人だった。ザックが5,6個あるだけだ。目を移してうなってしまった。先日の雨が半分ほどウマスギゴケを沈め、湖面(?)に蒼空と紅葉を映していた。神秘的ともいえる情景で、その美しさに見惚れてしまった。しいんとした静けさも相まって、息を呑むとはこういうことかと思う。笹倉に初めて来たのが昭和54年だったか、数えきれない程訪れたけれど、これほどの眺めはそうない。狙って実現できるものではないだけに、この僥倖は嬉しかった。

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神秘的ともいえる笹倉の逆さ紅葉

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こちらは逆さ檜

 稜線のピークまで空荷で登ってきた中学生たちが帰って来、つかの間、賑やかになってまた静寂が戻ってきた。ゆっくりとコーヒーブレイク。静けさとともに逆さ紅葉をじっくりと味わい、中身の濃い時間を過ごさせてもらった。

 14:30もう少し居たかったけれど、重い腰を上げる。スカイライン金山谷の橋まで1:20、通行時限の18:00を考えると致し方ない。下りは日陰に入るので紅葉は未だこれからだった。坦々と歩を進め、15:30デポ車に帰着。全行程8.5kmを歩き終えた。凄まじい?と形容することが適当ではないかもしれないが、重層的な紅葉の質とその量に圧倒され、昔日の笹倉の静謐さも味わうことができた。幸運といえば大幸運、出来過ぎの一日が終わった。

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筒上境界尾根ルートの主、シナノキの古木

 

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空洞となって久しい古木の内部と中から眺める紅葉