10月1日(木) 天気:曇時々小雨、ガス走る
荒沢岳(1,968.6m)は、上越国境(くにざかい)の中ではどちらかというと不遇と思える孤立峰だ。盟主平ヶ岳(2,141m)には遠く、ここから灰吹山(1,799m)、兎岳(1,925.6m)を経て魚沼三山の最高峰、中ノ岳(2,085m)に至る稜線は、踏分道を辿る、なかなか面白そうなルートなのに、と思う。
このお山は、ルートに前嵓(1,536mピーク手前)という特徴のある岩峰群を抱える。例年晩秋には、岩場に設置された鎖の取り外しが行われるらしい。上越の穂高と言われる所以だが、この岩稜帯にう回路はなく、その間は荒々しさと高度感、距離もやや長いかなとは思えるものの、岩は安定していて、浮石もほぼない。要所には鎖やロープ、梯子が設置されていて、ルートとして丁寧に整備されていると感じた。
山頂直下にある二ヶ所の岩山もどうこう言うレベルではなく、雨天もあって当然、慎重なステップワークに終始したが、三点確保とフラットフッテイングの基本が身についていれば、ネット等の一部で言われているほど厳しいお山ではないと思う。ヘルメット持参も一ヶ所を除きさして必要性は感じず、まだホームグラウンドのお四国・石鎚山弥山の二ノ鎖・三ノ鎖の方がハードとの印象だった。
それに、前嵓周辺を除けば、樹林帯ながら稜線通しで見晴らしが良く、道自体も腐葉土の弾力が膝に優しくて歩きやすい。ずっと緩い登りが続くものの、山頂まで1~10番の順に番号プレートが設置されてわかりやすく、なかなか気分のよろしい道。百名山から外れてオーバーユースの懸念もあまりなく、隠れた名山といってもよいと思う。
檜枝岐の民宿をまだ暗い、4:40に出発。樹海ラインという裏尾瀬ルートは檜枝岐からはやはり遠いわ。湖畔の道は曲がりくねり、薄明の中、鹿や猿(熊でなくて助かった。)がヘッドライトの先を横切って行った。銀山平の荒沢岳登山口駐車場に着いたのが6:10。5台が既に駐車していて、ウイークデイなのにちと多いな?とふと疑問に思う。
今にも降り出しそうな曇天のもと、朝食と山行準備を済ませ、6:45出発。5分程行った先のコンクリ製貯水槽(ちゃんと蛇口が付いてる。)で水1㍑を補給する。行程中、最初で最後の水場だ。 ここから前山(1,090.5m)まで約300mを一気に登る。小石がコロコロと転がっていつまでも止まらないような急坂だ。
今日で4日目、疲労感はないが、前日の尾瀬・御池古道では最後、少しピッチが落ちたので、ペースはややスロー気味にセーブする。樹林帯のジグザグ道をほぼ一定のペースで登り、ぽっと広場に出たと思ったら、中央左に前山の三角点が所在なげに座っていた。7:20思ったより早く着いた。道標も何もない殺風景な平坦地で、テントだけは10張以上、張れそうなほど広い。
ここからは、ぐっと傾斜が緩やかになり、道もふかふかで弾力があって、歩きやすい。岩峰のイメージが強すぎて、ちょっと見誤ったかなと反省する。
ガスの合間に見え隠れする山頂や前嵓らしきお山を垣間見つつ、お天気はもう二つでも稜線漫歩気分で、結構、楽しみながら歩けた。
途中から、気分に水を差すようにパラパラ来始めたので、一休みして雨具上下と雨用の手袋、スパッツを装着する。
前山から1時間弱で、灌木帯の中に、そそり立つ壁のような岩塊が見え隠れする場所に着いた。道の穏やかさが消え、いきなりといった表現がぴったりの豹変ぶりだ。どうやらここが前嵓下と言われている取り付きらしい。のっけから、急傾斜の岩山をクサリ伝いに横トラバース気味に登らされる。灌木で下は見えないが切れているのはよく判った。
ジグザグに岩場を少し登ると、今度は目の前に岩の上に固定された鉄梯子が現れた。傾斜はそこそこあって、股間から下の景色が見えるスリルが味わえる。
通過すると既製品の鉄梯子が現れ、上は鎖の登り。岩場をあまり歩き慣れない人は、息つく間がないかもしれない。
オーバーハング気味の大岩の隙間を鎖を掴んで身をよじって越えたら、また先にジグザグの岩場トラバースが続いていた。
安定した岩場だが、靴で磨かれて岩角は丸くなっていて、濡れてスリップしやすく、ずっと鎖のお世話になりっぱなし。この辺りは先の二ノ鎖等とおんなじだ。
この前哨戦をくぐり抜けたら、今度は前嵓の岩場が目に飛び込んできた。稜線の小コルから眺めると、さすがに正面の逆層の岩壁はルートではなさそうで、最も左の斜面を斜め上に走る、一筋の線のように見える岩壁が見え、どうやらあれがルートかなと目星を付ける。
小休止して、この間だけヘルメットを装着。紫のウツボグサやダイモンジソウの白さが雨に映えてはっとする美しさで、気分を和ませてくれる。
コルからは、いったん二か所ある一枚板の岩場の下り。ロープを確かめ、股間に挟んでフラットフッテイングで降り切る。
ここからは鎖とロープがミックスの2、30mほどの岩場の登り。ほぼ一直線だ。傾斜は三ノ鎖に比べれば緩く、ホールドも一杯ある。
スリップだけ注意しながら10分程で登りきって、すぐ先の岩場も鎖を頼りに懸垂に近い状態で乗り越える。
しばらく続く岩場をこなすと、ちょっとした広場に出た。9:05標識等はないが、ここが1,536mピークらしい。どうやら前嵓通過、あっけなく終わってしまった。少し雨足が強くなり、転がっていた丸太に腰かけて行動食を摂った。
またまた、ふかふかに近い、緩い傾斜の稜線漫歩に戻る。このアンバランスは楽しくなる面白さだ。さすがに少し高度が上がり、ガスを伴って稜線を風が吹き抜けてゆく。雨は小康状態になっても、前山では見えていた山頂は全く望めなくなってしまった。
この稜線歩き、意外と長くて、1時間ほど進んでやっと道が右寄りに変化、いよいよ山頂は近いかなと思う。ここで下山してくる単独行の男性とすれ違った。今日初めて人に会った。周囲は、紅(黄)葉が雨に濡れて美しく輝き、しばしば見惚れてしまった。
10:10山頂直下の岩場の一本目。左に切れ落ちた、短いバンド気味の道をトラバース。岩の裂け目の小灌木の紅葉が綺麗で、片手でシャッターを押しながら行く。
5分程で二本目の二連の岩場。鎖付きだが乗り越えるだけだ。周囲の紅葉は最高潮で、写真を撮る時間の方が長くなってしまった。
すぐ蛇行しながら進む、緩やかな道。その先に山頂が待っていた。10:27無人の荒沢岳ピーク。昔日に登り残し、もう行けないかなと半分諦めかけた、念願のピークに立つことができ、はるばる来た甲斐があったと思う。
濡れそぼった山頂標識に挨拶してから、風を避けて少し先の鞍部でお昼。おにぎりを頬張る。朝食の残りやけど、ごはんもんは助かる。
ガスの切れ目から、北面に銀山平のコテージ群がのぞき、おもちゃの箱庭のようだ。
晴天なら、西面に魚沼三山や兎岳、丹後山の雄大な稜線、南面はるかには平ヶ岳も望めるはずだが、今日は稜線を走るガスと雲海の中で、裾野しか見えない。じっと待ち続けて、中ノ岳のピークが一瞬、覗けたのがやっとだった。それでも目の前の無名峰から1,853mピークへ右に延びる稜線は、上越国境らしい紅葉と草紅葉の共存する美しさで、懐かしさがこみあげてくる。
11:00名残り惜しいけれど、ガスが切れる見込みはなく、下山後、奥只見シルバーラインを戻って小出に出、お巻機のお膝元、六日町清水部落まで移動しなければならないので、仕方なく下山開始。ピストンなのでもうルートを戻るだけ、雑木紅葉を撮りながら、のんびりと下る。
前嵓の通過時だけヘルメットをかぶり直し、13:00丁度に前嵓下に着いて雨具もザックに仕舞った。前山まで30分、快調に飛ばし、14:00にはもう登山口に降り立っていた。
どうやら今日の登山者は二人だけだったようだ。終日、雨とガス模様の一日だったけれど、積年の宿題?がひとつ消え、思いのほか快適だった道も嬉しくて、すっきりした気分でハンドルを握った。