7月5日(木)終日、雨 (御池ロッジ→大杉岳→大津岐峠→駒ノ小屋)
本降り。アスファルトをたたく強い雨足の中を6:30雨天完全装備で出発。今日は会津駒の小屋まで10km、5時間程の稜線歩きなので、多少、降られてもてんで問題ない。されど、思わぬ伏兵がいた。
舗装路を少し進んで、大杉岳への針葉樹林帯の登りに入る。道は明瞭でものっけから急登で、じわっと汗がわいてくる。眼鏡を濡らしたくないので傘を併用し、標高差400mを一気に登って、1時間程で稜線に出た。雨の日は急登の方が速くて良い。 2.5万図では大杉岳(1,921m)の三角点を通過するはずだが、判らなかった。
ここからキリンテ道の合流する大津岐峠(1,930m)まで100m前後のアップダウンの縦走路だ。樹林帯の中なので、強風は避けられるものの、しっかり降られてガスも走り、視界はよくない。半分、湿原に近い道の、腐りかけた木道は滑りやすく、神経を使った。
道沿いにある送電線巡視小屋は下半分が鉄骨の軸組だけで雨を避ける場所はなかった。仕方ないので、峠への登り中途、雨風を遮ってくれそうな針葉樹のたもとで行動食休憩をとる。
行動自体は順調なのだが、どうも革靴がおかしい。水が沁み込んで来つつある感じで、靴下が湿っぽいのだ。ロングスパッツで足元を固め、その上から雨具を履く二重のシールドで、上から水が入る可能性はほぼない。TYOでわざわざ夏用にオーダーし、本降りの雨はお初でも、まだ4回目なのに…。革製で水が入るのは経験がなく、足元の濡れは危険信号なので、ともかく小屋へ急ぐことにする。
余談だが、登山靴は、革製で重かったLOWAチベッタを二十年近く使った。このバックスキンの靴は、足によくなじんで履きやすく、岩稜のフリクションも優秀でビブラムを何回、張り替えたことか…。ドイツ魂を感じるつくりで風格があった。同社がプラ靴にシフトした機会に離れたが、プラ靴のGTXは3年程しか持たず、中央アルプスで手痛い目にあって、また革に戻った。
雨中でも開けて明るい大津岐峠を過ぎ、富士見林道に入って緩い登りが続く。稜線の右手が急傾斜の崖のようになってきて、もう近いなと思う。 と、淡紅紫色の花が目に入る。もしやと思って近づいてみると、やはり白根葵だった。日光白根で命名された一属一種の日本特産種。関西にはなく、会うのは栂池以来で、何年ぶりだろう。こういう予想外の邂逅があるとうれしくて、雨なんか消し飛んでしまう。
薄暗い針葉樹林帯を通り、やや強い傾斜を登り切ると、雨の中にひょっこり駒ノ小屋が現れた。正午前には着いたけれど、もう靴の中はビショビショ。靴下を絞って干し、予備に履き替えた。どうせ乾かないけれど、足の濡れは低体温症の一因になるので油断できない。靴が濡れることを想定していないだけになおさらだ。
小屋の管理人さんは、30代後半くらいの男の方で、この雨で、登って来る予定の奥さんは来れず、予約もすべてキャンセル。どうも自分だけ連絡がなかったらしく、諦めていたところに現れたので、随分、驚いた様子だった。
濡れ物を干した後、コーヒーブレイクで少し寛いだ。小屋は広くはないが、整理整頓が行き届き、なかなか良い雰囲気だ。夕方、ゴソゴソと乾燥用のストーブを出してくれる。素泊まりのみの営業なのに、たった一人の宿泊者にそこまでしたら赤字だろうと思ったが、有難かった。きけば、「地元桧枝岐村の出身ではなく、管理人に応募して移り住んだ。」という。さっぱりした人柄で好感の持てる方だった。
今日は、やっとお山らしい山小屋に。これまでの2泊はもう一つ合わなかったが、少し湿っぽい布団に包まると妙に安心し、この日は落ち着いて?寝入ることができた。
7月6日(金)曇一時雨 (駒ノ小屋→会津駒・中門岳ピストン→滝沢登山口)
夜通し続いた霧雨模様も、朝には止んでくれた。今日は下山日なので少しゆっくりして、7:30サブザックに行動食を詰め込んで、中門岳までピストンに出発。生乾きの靴がしっくりこないものの、この時期にたっぷりの残雪はうれしい。尾瀬には全くなかったので、あきらめていただけに余計に…だ。
20分程で会津駒ヶ岳山頂。ガス走る中、時折、陽もさすが、雲は低く展望はない。晴れていたら見えるであろう、山群を示すパノラマガイドが空しい。
中門岳まで緩やかなアップダウンの雪渓と壊れかけた木道、ぬかるんだ泥炭の道と、三様の道をゆっくりと歩む。
チングルマやハクサンコザクラが咲き競い、雪解け直後でコバイケイソウが薄黄色の新芽をのぞかせる、残雪と池塘の間を縫って行く。一人きりの快適な散歩道だ。
雪渓の上はルートが自由選択なので、なおさら開放感があって、楽しい。
小1時間ほどで中門池。「中門岳」の標識が池塘の中に立っている、なんとも不可思議なところだけれど、少し先に行った小高い丘の上に山頂?があった。
道が周回している池塘群の一角まで行って一服し、のんびり行動食を取りながら、流れてゆくガスと時折見える峰々を草の上に寝転んで、ぼうっと眺める。こういう、何も考えないでいられる時間は貴重だ。
雨粒が頬に当たって気が付いたら、どうも30分以上寝入っていたようだ。そろそろ小屋へ戻らないといけない。
月こそないけれど、雪と花の貴重な一瞬に立ち合えた贅沢な時間を過ごし、気持ちもリフレッシュできた往復だった。
11:00管理人に挨拶して、桧枝岐村を目指し、下山を開始する。傘を打つ雨粒の音を音楽代わりに、樹林帯を縫う、結構な急傾斜のジグザグ道を滝沢へ向けて一気に下った。
(後記)
梅雨末期の山行で、晴天に恵まれたのは初日だけ。やはり、尾瀬ヶ原の散策は晴天が似合う。花の名山、至仏山も期待に違わず、花盛りの高山植物で、素晴らしかった。高天ヶ原まで下れないのが心残りだが、やむを得ない。
尾瀬は、池塘・湿原をベースに原と沼の性質の違う二種類の景観がその特性を競い、何気ないところにミニ庭園が数多くあるうえ、龍宮拠水林や白砂、大江の湿原群、熊沢、広沢の田代と、いずれも個性的だったり、雄大だったりと特徴のある眺めで人を飽きさせない。規模的にも景観とのずれが小さく、まさに、類まれな空間だと思う。
至仏山や燧ヶ岳からの展望は望めなかったけれど、子熊との面会には驚いた。ヒグマやツキノワグマの成獣とは経験があっても子熊は初めてで、野生とはいえ、あんなにかわいいとは…。
後半の会津駒ヶ岳は、7月上旬という時期からあきらめていた残雪に恵まれ、久しぶりの白根葵や萌え出す高山植物群と雪渓歩きという、幸運に巡り合えた。駒ノ小屋の過ごしやすさも手伝って、とても快適な一日だった。
次に機会があれば、秋、紅葉や草紅葉の時期に、再訪してみたいものだと思う。