10月2日(金) 天気:快晴
ガスと小糠雨に祟られた荒沢岳を下り、関越道経由でその日のうちに六日町清水のお宿へ入った。学生時代にお世話になった民宿は建て替わり、ご当主も2代目と四十数年の歳月が情景をすっかり変えてしまっていた。
もう行くことは叶うまいと思っていた場所に立つことができただけで十分なのに、なんと今日は昨日と打って変わって、凄い快晴だ。上越国境山行のラストを飾るには、これ以上の条件は望めないだろう。
6:30既に20台はいる駐車場を出発。登山口に立つ案内板をしげしげと見入る。なんせ、大昔にはこの類の案内、ほとんど記憶にないし。主要三峰(巻機山、牛ヶ岳、割引岳)がそろってこそのお巻機という感覚のじじいには、その字の大きさに差があるのが気になるが、設置者が行政と警察に加え、救助隊というところが斬新かな。
桜坂に入り石畳みを進む。こんな入りだったっけと思っていたら、すぐ赤土の露出した道に変わった。最近の百名山に著しい、オーバーユースの気はあるが、周囲は、広葉樹林帯の静かでしっとりとした環境だ。途中、柔らかそうなマスタケに遭遇。う~美味しそうや。
7:20三合目焼松。山毛欅帯のちょっとした空き地だけれど、標高差900m、急登の続く井戸尾根の中間点。丁度良い休憩場所で汗をぬぐう。北東が開けていて米子沢がくっきりと望める。変化に富んだ楽しい沢で、源流が山頂直下の美しい草原帯。直前のナメをお遊びでヘツッていて滑り、ずぶぬれになった苦い記憶も今は楽しい思い出だ。
この辺りは樹齢の若い山毛欅のほぼ純林帯で、風が通って明るく、きつめの登りを癒してくれて気持ちが良い。
少しずつ展望も出てきて、このお山の魅力の一つ、天狗岩もガス走る中に浮かび上がってきた。お巻機は幕営禁止になっていたが、道端には一張分ぴったりの良い天場?も。水さえあれば最高やなと思いつつ、通過した。
1時間で七合目物見平に着く。ざれた岩だらけの特徴のある場所で、展望が良い。周囲はもう灌木帯に変わり、正面に前巻機(偽巻機/1,861m)が大きくデンと構え、山頂をすっかり隠している。柔らかい風が汗ばんだ体に爽快で、懐かしさも手伝って、行動食休憩をたっぷりと取った。
八合目からは植生保護の木製階段が設けられていた。冬はともかく、百名山ともなるとお山の環境保全にはやはり必要な処置なのだろう。
9:20偽巻機に着いて本峰がお出迎え。快晴に真っ盛りの草紅葉で、「いやぁ凄い。」と思わず口走ってしまった。ここから先はカメラの出番。平ヶ岳や荒沢は天候に恵まれなかったけれど、今日一日ですべて帳消しやと、心も浮き立つ。
快晴の中、今がピークの草紅葉のお巻機本峰を、正面に眺めつつ歩める、この贅沢。
緩い下り20分程で、現役の頃にはなかった避難小屋に初見参だ。ここにあることの意義は大きい。さすが豪雪地帯の小屋でがっしりしたつくり。シーズン中には登山者が入り切れない時もあるとお宿で聞いていたが、中は綺麗に整頓・清掃され、かなり広かった。トイレが真っ暗だったのは、雪も考えてのことだろうし、まぁご愛敬かな。
小屋から一登りすると、織姫ノ池という、優雅な名前の付けられた池塘が現れる。
この池塘も、多分、松本 清 氏(マツキヨさんが愛称らしい。)がボランテイアで復活に取り組まれたひとつなのだろう。必要なのは、その場その場で何かを実際にすることだ。快晴無風の中、当たり前のように本峰を静かに水面に映し出している、池塘の畔に佇みながら、課題を一つ一つ具体的に処置していった、その覚悟とご努力に頭が下がる思いだった。
随分と道草をして御機屋に着いたのが10:10。殺風景なザレた原っぱという感じだが、まだ残っていたミヤマダイモンンジソウがお出迎えしてくれ、少し和む。山頂の標識があるので、いぶかっていると、お隣の登山者が「昨今の登山者増への対応で、手っ取り早く山頂をここに移したらしい。」と教えてくれた。う~ん、こういうの、一般的には「ご都合主義」と言わないのかなとちょっとだけ悩んだ。ごった返すとまではいかないけれど、まあまあ人は多いので、さっさと牛ヶ岳へのトラバースに移る。
今度は、ゆったりとした開放感あふれる、頂上稜線漫歩だ。お巻機の最大の魅力スポットで、これはいい。視点も草紅葉を眺め下ろすように変わって、やはり美しい。
15分弱で小さなケルンが現れた。どうやらここが本来の山頂(1,967m)だと思うけれど、それを示すものは何もなかった。なんとなく落ち着かない気分のまま、ちらほら現れる池塘の間をなだらかに木道が貫く。
草紅葉と笹と木道。前半に歩いた尾瀬と同じ構成で、開放感一杯なのは同じだけれど、全く印象が違う。やはり背景にある、展望の雄大さが大きくものを言っているのだろう。はるか東南の方向には、朝日岳や谷川連峰、北東には奥利根湖(矢木沢ダム)から至仏山・燧ヶ岳、北は牛ヶ岳から下津川岳へ至る国境稜線と、遮るもののないスカイラインだ。
ぐるっと左回りに回り込んで、少しだけ登ると牛ヶ岳(1,961.5m)だった。妙に親近感を感じる道のりだった。三角点を200m程通り過ぎて、裏巻機道に下り始める先っぽまで行く。黄葉のミネカエデを前景に正面に割引岳、右に裏巻機道の稜線が続き、適当にガスも走って、なかなかの絶景だ。
時間も丁度、11:00。笹に囲まれた草と石だけの狭い広場だけど、ここで昼食。民宿お手製のおにぎりはでっかくてしまり、食べ応え十分。恒例のお昼寝もしたかったけれど、少ないとはいえ登山者が三々五々来るので、渋々諦めてコーヒーブレイクで我慢する。
ヘリが六日町から稜線を乗っ越して奥利根湖方面へ下降してゆき、静けさが戻った。
気持ちの良い稜線を朝日岳・谷川連峰への縦走路分岐点まで戻る。上越線土合駅で23:50上野駅発の各停を降り、白毛門経由で巻機に抜けた昔日が懐かしい。晴れるとこんな快適な道があるのかと思うほど気分の良いルートだった。
分岐で一緒になった地元の方に北方の山並みを教えて頂く。赤城・榛名、日光白根から始まって至仏山・燧ヶ岳まで連なって、素晴らしい眺めだった。丁寧にお礼を伝え、12:20御機屋まで戻った。真新しい役行者を祀った石祠?にお参りをする。ここもホームの石鎚山同様、修験の道場なのだ。休憩は取らず、そのまま割引岳への道に入る。
最初、一気に下ると後はなだらかな稜線歩きだ。雪圧で傾いた木道が続く中、イワイチョウの黄葉やイワショウブの赤い実が風に揺れ、愛らしい。
ずっと正面に割引岳が座る道を行く。この山、不思議に何回も来ているような気がして、どうしてだろう…と思案投首で歩むうち、はたと思い当たった。天狗塚(1,812m/徳島県三好市)だ。標高こそ100mほど低いものの、お山の形も山頂へのアプローチもそっくりだ。おまけに北西には牛ノ峯(1,757.2m)という、牛ヶ岳と相通ずる牛ぞろえのお山もある。昼食時に感じた親近感はこれだったかと、思わず苦笑いをしてしまった。「世の中」と言って良いのか判らないが「狭いわ。」、参りました。
(比較)
12:50本日の最後の山頂、割引岳(1,930.8m)に登り着く。もうこの時間になると誰も居らず、山頂は贅沢に独り占めだ。眼下は天狗岩越しに清水の集落、右には遠く南魚沼地方の田園風景も望める、素晴らしい眺めで爽快のひとことに尽きる。
紺碧の青空で、本日2回目の野立てとしゃれこむ。この山頂からも裏巻機道が続いていて、地図を読むと、永松渓谷で牛ヶ岳からの道と合流するルートと姥沢新田に降りるルートの2本があるようだ。ブラックコーヒーを味わいながら、一度歩いてみたいと思ったけれど、ちょっともう次の機会は…と諦めた。
快晴の中でも13時を回るとガスが走り始めたので、30分で切り上げて元来た道を戻る。今度は正面に来た牛ヶ岳を眺めながら、道草ばかりして避難小屋まで戻ってきた。午前中、あれほど歩いていた登山者はもう一人もおらず、泊らしいザックがベンチに1個あるだけだ。野立て2回で水を使い切ったので、ザックを置いて水場へ下る。沢源頭の綺麗な場所で、冷たい水で顔も洗って、さっぱりした。
14:05避難小屋に挨拶をして、今日のしんがりで下山開始。偽巻機でガスに隠れ始めた本峰にお別れを言い、井戸尾根を一気に下る。ここまでは昔と全く同じだけれど、もう往年のスピードと膝の柔らかさはない。乾いてはいるものの、滑りやすい赤土の道を経験知とダブルストックで慎重に下った。
(エピローグ)
民宿に帰りついたら16時前だった。日常管理をお願いしているクラブの山小屋を見に、大将の軽トラで連れて行ってもらう。もう記憶は定かではなかったけれど、中に入るとその昔泊った3階が暖かかったことを思い出した。壁に張り付けて帰った地元神社の手拭いがまだ残っているのには驚いたが…。
その夜は、春合宿で小屋をお借りした、T大スキー山岳部OBの方と同宿になり、おいしい料理と昔話で盛り上がって、大して飲めないくせに地酒がすすんでしまった。
どうなることか、出発前はやや不安だった一週間に及ぶ上越国境山行を、予定通りすべてこなし、怪我もなく無事、終えることができた。特に、メインだった最終日のお巻機では、これ以上はない快晴に恵まれて幸いだった。お巻機におわす機織りのお姫様の、はるばるお四国から訪れた旅人への手厚い御配慮に、深く感謝を申し上げる。