離島のお山といえば、北の北海道利尻岳(1,721m・利尻島)と並んで、南は九州宮之浦岳(1,936m・屋久島)が両雄、特に、南は世界自然遺産の登録とともに、関西では数少ない標高1,900m超の貴重なお山でもある。
屋久島は、お四国から比較的距離も近く、一見すぐアプローチできそうに見えるけれど、地方から地方への移動は、これがなかなかの難題。移動効率やコスト面で、高速道やJR・高速バス+フェリーのいずれもネックだらけ。最後に残ったエアラインがベストという、思いもしなかった選択に。地域コミューターの松山→鹿児島(乗換)→屋久島線で1日で入島でき、しかもコストは他とほぼ同額or以下とは、最初は信じられなかった。
されどである。エアラインも厳しい。早割がシステム障害とやらで指定席がチャラに、座れたのは最後尾とちょっとやらせを疑う気分に。屋久島まで機体も座席も変わらず、松山からずっと一緒で、もはや顔なじみのCAが気の毒がって飴をたくさんくれた(しっかり山行中の行動食に。)のが、せめてもの救いか。もっとも強風・悪天で高速フェリーも欠航する中、見事なランデイングだった機長には感謝である。
屋久島の宿泊事情は特殊で、民宿が圧倒的に多い。食事は外に出るか自炊が原則。この日泊まった民宿は、高速フェリーの欠航で自分を除きすべてキャンセル。すこぶる機嫌が悪く、お風呂は故障とかでシャワーのみ、民宿業者の寄合とかで客をほっぽり出していなくなるわと、あえて名前は出さないがひどい扱いで、移動日は散々だった。外食ついでに地元のスーパー等へ立ち寄り、名物のサバ節(行動食用)とガスカートリッジを購入する。
4/18(火)曇時々晴
前日、注文したおにぎり弁当を受け取って、8:20宮之浦から白谷雲水峡行のバスに乗る。道路端にごく自然にクワズイモが生い茂るという、ビジターには目新しい光景の中、白谷雲水峡から辻峠→楠川別れ→縄文杉→永田岳・宮之浦岳→尾之間歩道の屋久島縦断コース、2泊3日のスタートである。
9:00雲水峡で入山料を納付し、出発。人気のコースとあって、GW前のウイークデイでも登山者は多い。道もよく整備され、快適な楠川歩道を進んで40分程で白谷小屋通過、すぐ、「苔むす森」に。人気アニメ映画の原風景と聞いているが、雰囲気は十分なものの、今は渇水期なのか、苔に少し元気がないように感じた。
10:10辻峠着。ザックをデポし、太鼓岩へのローテーション道をピストンする。でっかい花崗岩の第一弾で、見晴らし抜群。岩の上で地元の写真家の方と少し話す。「屋久島にはブナ林がなく山桜が多い。今日は黄砂の影響もあってややけむっていて写真にならない。」とのこと。山桜が点々と咲いて新緑とともに、好展望に潤いを与えてくれていた。
峠から荒川登山道との合流点、楠川別れまでは、ちょっとざれた箇所もある、展望のない長い下り。うんざりしてきたところで、11:30やっとトロッコ道に合流。ここから大株歩道入口まではこの路を辿る。
観光気分でも50分程で同入口着。途中、トロッコのデルタ線と思われる線路がそのまま残されていたり、終点駅舎がおつなトイレになっていたりと、なかなか面白かったけど、短い割に結構、登っているように感じ、舗装路同然の板道には合わない登山靴で、少し消耗気味に。
さて、この先の大株歩道は、本格的な登山道という触れ込みなので、大休止して気合を入れなおす。今日の宿泊予定地、新高塚小屋まで約3時間。樹齢1,000年以上の屋久杉の密集地帯だ。道は土ではなく、苦手の木道メイン。これが延々と続き、初日の荷の重さもあって、脚にじわじわ効いてくる。数年前に倒壊したという翁杉の株、ハート形の天窓のあるウイルソン株の中は水が流れていたりで、周辺の大杉群とも相まって、どれも素晴らしい。
13:25大王杉。これが縄文杉に次ぐ杉?地面から得体のしれない生命力そのものがぐいっと立ち上がっていて、半端ないでかさに圧倒される。しかも、このクラスに近い大杉もそこかしこにあって、見間違える程。
14:00会うのを楽しみにしていた縄文杉の展望デッキに着く。雲水峡を出たときにあれほど居た登山者の姿はまばらで、三方向からゆったり眺めることができた。逆光気味で写真写りは良くないけれど、幹肌の凸凹や枝ぶりにこの樹の生きてきた道のりを感じる…。
縄文杉は、なにか枯淡と佇んでいて、あまり生命の強いインパクトは受けず、感動もやや薄かった。そのどっしりした立ち姿や大王杉をしのぐ巨大さも十分に伝わるものの、他の屋久杉と違って株元まで近づけず、印象が弱くなったせいかもしれない。
ともかくも初日の目的は達成したという、安ど感でじわりと疲労がにじみ出てくる中、デッキから10分の距離にある、昨年改築の高塚小屋へ移動。木洩れ日の中の新しいベンチで、最後のおにぎりを頂いて元気をつける。コンビニ品と違ってしっかり握ってあっておいしく、サバ節ももってこいの行動食だ。
小屋から新高塚小屋までの間は、屋久島の昔の縦走路を彷彿とさせるような面影を残していて、なかなか楽しかった。なんでもないところで「屋久島に居るなぁ。」と実感する。15時半前、今夜のお宿、新高塚小屋に到着。実働時間は5時間ほどで大したことはないけど、アップダウンと慣れない木道歩きで意外と疲れた。小屋は玄関バルコニーが一部腐植、でも中は広く、よく使い込まれた小綺麗なところだ。同宿者は十数名と少なく、ゆったりできて、横のおばさまグループや東京から来た同年配らしき登山者連と一杯やりつつ、歓談。夜半、かなり吹いたけれど、樹林帯の中で影響はほとんどなく、ぐっすり快眠できた。
4/19(水)快晴、風強し
4:00起床。明るくなるまで待って5:30小屋を出る。森林限界までは昨日同様の面影のある道で、良い雰囲気だ。昨夜半からずっと風が強い状態が継続、第二展望台や平石岩屋も、快晴の中吹き飛ばされそうになりながら通過する。
森林限界をこえると遮るものがなく、体を煽られながらヤクシマダケの笹原を進む。ただ展望は素晴らしく、右手に永田岳、正面に主峰宮之浦岳を眺めつつの開放感たっぷりの登り。気持ちのよさは格別だ。
標高から予想はしていたけれど、お四国同様、屋久島もお山が少し小さく、2時間ほどであっけなく焼野に着く。ここから、ザックデポして永田岳までピストン。
永田岳は、笹原と花崗岩の巨岩の織りなす美しさ、その独特の山容に漂う風格といい、最高点の宮之浦岳を凌ぐ、良いお山だ。学生時代からあしかけ40数年越し、やっと念願の頂に立てると思うと急登もなんでもなかった。
8:15永田岳(1,886m)山頂。ピークは花崗岩の大岩の上だった。強風に抗しながら、太平洋の真っただ中の離島のピークに立っている。眼下に名前の由来となった永田集落がくっきりと見え、障子岳に至る永田岳北尾根の断崖はもの凄い絶壁だ。
反対側には、宮之浦岳がヤクシマダケの茂る、くねくねとした小尾根を統べて一点のピークに収攬。ここから見ると、九州の盟主に相応しい、堂々とした山容だ。つかの間の憩いでも、来てよかったと実感する。
戻った焼野から宮之浦岳までは30分程だった。大抵のお山がそうであるように、ここも山頂直下は急登だ。喘ぎながら9:47一等三角点の九州最高峰に到着。屋久島の尾根を織りなす、栗生岳、翁岳、安房岳から黒味岳に至る主要山群が一望のもとの、申し分のない贅沢な展望。加えてこの快晴だ。
風は相変わらずでも、小屋から一緒だった我々俄かパーテイだけの静かなピーク。しばし絶景を楽しんで時間を使う。そうこうするうちに淀川登山口からの日帰り登山客の第一陣がポツポツ到着し始め、山頂がにぎやかになってきたのをしおに出発。
特徴のある大岩が鎮座する翁岳(1,860m)を左手に見ながら、笹原の緩い斜面を下る。右手の黒味岳(1,831m)も、立派な花崗岩の岩峰群をそろえ、見ごたえがある。
下りきった投石平の水場でお昼を取り、少し登り返して12時前、樹林帯の中の凹地、黒味岳への分岐に着いた。ここでもザックデポ、黒味岳ピークへ寄り道する。ザレた急登に、南国の4月下旬の日差し、風下も重なって、少し汗ばんだ。
12:30巨岩の上が黒味岳山頂。岩には山頂標識だけがあって、ちょっぴり寂しげなところが印象に残った。目を上げると、正面に宮之浦岳、そして翁岳をはじめとする稜線。振り返れば、花之江河の湿原群もくっきりと浮かび、文句なしで絶好の展望台である。世界自然遺産の核心部に、これだけ天候に恵まれて居させてもらえる幸運に、感謝である。
ザックデポ地点を13時に出発。15分程の下りで花之江河、小花之江河の湿原群の木道に。生成過程が全く違うのか、上越・巻機山や苗場山の餓鬼田の散在する湿原のイメージと違い、広くて明るく、少し面食らう。季節柄、お花は全くでちと残念だったけれど、降水量の多いこの島で、これだけの規模の湿原が二つもあって、山域の多様性の演出にも一役かっている。その貴重さは余りあると思う。
もう淀川小屋までは残り1km程、柔らかい木洩れ日の入る、緩い下りの広い道をのんびり歩く。小屋は、淀川を渡る橋の先にもう見えているけれど、標高約1,400mに、こんなに大きな河があることにちょっと驚く。同じレベルのピークを持つお四国では考えられない川幅で、その透き通った美しい流れに魅了されてしまった。
予報で今夜の雨はなく、小屋は宿泊者も多かったので、ゆったりできる方を選んで、小屋前の広い天場に一人、ツェルトを張る。夜半、外に出ると暖かく、静まり返った漆黒の闇。見上げると凄い星空が広がっていて綺麗だった。
4/20(木)晴のち曇
今日も4:00起床。淀川登山口まで小1時間ほどの行程なのでゆっくり発つ。石畳もある、よく整備された道の中途で、屋久鹿のバンビに遭遇。華奢な体躯と白い斑点が可愛かった。
登山口は、だだっ広い舗装路で、ここでハイウェイは終わり。これから歩く尾ノ間歩道は、島本来の原生林の踏分け道になるはずで、ここを歩くために来たといってもよい、この山行である。40歳台と思しき案内所の管理人に歩道の状況を聞く。小生の山歴を確認(後でこの意味はよく分かったけれど…。)して説明を始めるところは責任感を感じさせ、道迷いも多いのだろうと案内の難しさを推察する。
6:45尾ノ間歩道に入る。稜線上のまばらな樹林帯をトラバース気味に進む。道は踏み跡程度でくっきりではないが、判別は容易だ。ところどころテープや道標もある。
一本目の休憩中に足音がして、昨日一緒に歩いた東京からの同年配の方が追い付いてくる。靴は巣鴨G社のS8で経験も十分と思われ、ここではS8さんと呼ばせて頂く。
トラバース道は、乃木岳(1,400m)を過ぎると次第に右寄りに巻き始め、稜線を離れて樹林帯の下りへ。道も段々不明瞭になり、最後は小沢の流れの中を歩くはめになった。テーピングもまばらになり、まぁこんなものと嵩をくくる。
8:30二本目の休憩。沢の傾斜等から鯛ノ川(たいのこ)まであと少しまで下った(はず)。不明瞭ながら道らしきものに変化し、沢筋も一本なので迷う心配もなく勘で下る。9時前、鯛ノ川の渡渉点(1,084m)。風がなく暑かったけれど、流れで顔を洗って汗を拭き、さっぱりする。
さて、ここを渡渉といってもこの川幅、本土で言えば川に近く、S8さんともども呆れる。幸い、ここ数日降雨がなく飛び石で渡れたものの、増水時はまず渡る気は起きないだろう。かといって、この道を淀川へ引き返すのはかなりの難行苦行だ。幕営装備で歩ける体力の自信と十分な経験が求められ、山歴確認の合点がいった。
まだ今日の行程の四分の一も来ていないので、水を補給し早々に出発。涸れ沢沿いのとぎれとぎれの道を標高差200mのきつい登り返し。二つ目のコル通過で分水嶺を越えたらしく、薄暗い樹林帯の一気の下りになる。道は明瞭でも木の根が網目模様にはびこり、ほとんどその上を歩くように変化。木には相当厳しい環境だろう。10:50標高750mまで下ったら先が登りになり、ここで昼食。S8さんとやっと半分来たねと笑い合う。
ここから先は、トラバース気味に登り返し、尾根沿いに蛇ノ口滝分岐まで300mの急降下。昔の林業用の道と思われる、幅員1.5m程のところも出てくるようになった。12:00分岐の東屋着。標高500mになるともう汗だくで、S8さんと健闘を称え合う。
一息ついてから、昼寝中のドイツから来たというカップルにザックを頼んで、滝までピストン。やや小ぶりの滝で一枚岩でも見栄えはもう一つ。欧州からの若者の一団が落ち口に居て騒がしく、ポツポツ落ち始めたのもあって、すぐに引き上げる。
13:00東屋で眼の青い別カップルと少し話し、先に尾ノ間温泉に向けて出発。あと小1時間だ。道は沢を離れて平坦になり、植相ももう亜熱帯で、オオタニワタリやヘゴといったシダの仲間がいたるところに。
温泉を示す、大きな瓦屋根が見えて来て、3日間にわたる離島の山歩きも、もうすぐ終点だ。
最終日は、予想した通りの踏み分け路だった。でも、古えの島の山道は多分、こうだったのだろう。もう登山者以外通らず、地元の年1回の手入れがなければ廃道も近いかもと思えた。屋久島は、世界自然遺産のゾーンも素晴らしかったけれど、最終日に、楽しみにしていた島本来の道を歩けたのは収穫だったし、貴重な経験にもなった。