お花畑の北ア・針ノ木~七倉を行く (後編)

遠く雲海に浮かぶ槍ヶ岳を眺めながら、蓮華の大下りを行く

 10時前、下降開始。 延々と重なる岩屑の斜面にコマクサ群落が張り付いて、灰白色のモノトーンをバックにおぼろげなピンクが点々と浮かび上がる。 美しいのかな? あまり本邦では見られないであろう、絶景には間違いないけれど。

右手に針ノ木岳ピークと蓮華岳の稜線を眺めつつ、スケールの大きい下りで快適だった

 メトロノーム感覚でピッチを切りながら下っていると、左手にうん? 白いものが。 なんやと近づいてみるとこれがシロバナコマクサだった。結構な大株。あるとは聞いていましたが、実際に見るのは初めて。時期にも天候にも恵まれてこのタイミングでお会いできるとは、まっこと幸運この上なし。先日、参拝した仁科神明宮様の思し召し? うんちくはともかくしっかり撮らせて頂きました。

清楚で気品を兼ね備える白花もなかなか美しいもの めぐり合えて幸運だった
もうひとつの大株と赤とのコラボも 純粋な赤花も見ごたえがある

 シロバナ…にお別れして30分程で森林限界に入る。 小灌木が徐々にハイマツやダケカンバの森へと推移してゆき、思いのほか長かったけど、次々と現れる高山植物群に随分と助けられた気がする。

濃いピンクのタカネバラ と 淡い紫色のミヤマムラサキ  癒されますな
やっとお出ましのハクサンイチゲ と 地味で見過ごしそうなムカゴトラノオ
やや小ぶりのハクサンイチゲ と 小さなお花の集まったチョウジコメツツジ

ド迫力のハイマツの幹 風雪を耐え忍んできた、ある種の風格を感じる

 と同時に路も少しづつ悪くなってとどめは乗越手前の岩峰だった。この100m程の下り、性が悪いというか浮石だらけの岩場。複数の細い鎖を順に手繰って下りてゆかざるを得ない。幸い、岩自体はしっかりしていてステップを間違えなければどうということはなかった。 正午前、北葛乗越(2,275m)に降り切る。大下りは無事、通過したが、乗越は道標も何もなく、GPS確認しかその方法がない、うら寂しいところだった。

(左)浮石だらけの悪場を下る (右)北葛乗越を少し上がって撮った岩稜の全景

 一服したかったけど、それでなくともコマクサで遅れ気味なのに雰囲気寂しいしと、そのまま北葛岳(2,551m)への登りに入る。変りばえのしない樹林帯の道を一歩一歩の道すがら、五色ヶ原が雲間から覗き気分転換に。

縦走路がぽっかり空いて遠く五色ヶ原が… 懐かしい

 道も徐々に良くなってきて、30分程登ったところで風のよく通るチングルマのお花畑に遭遇。ここでお昼に決める。 チングルマにクルマユリやハクサンチドリがお出迎えだ。

やっと現れたハクサンチドリ マイズルソウにコバイケイソウ(蕾)と美しいお花畑だった
(左)アイヌタチツボスミレ と (右)常連のゴゼンタチバナ
(左)ウスノキのちっこいお花 と (右)これまた極小のクロマメノキのお花

 乗越から1時間ほどでハイマツの繁る北葛岳(2,551m)に着いた。横にヒョロヒョロと細長い、変わった山頂で、道標はあるが朽ちていて山名は読めない。ここで直角にルートが変わるのは下調べ済で戸惑いはなかったけど、感覚とは方向が反対だった、ヤレヤレ。ホシガラスさんの食事場所を通過するともう大したアップダウンはなくなった。

(左)北葛岳山頂、道は手前側に進んでいる (右)ハイマツの殻一杯のホシガラスさんの食堂

 道は相変わらす樹林帯だけど明るくなって、気分よく歩ける道に変化。印象的なシラカンバや切れ落ちた岩峰などを楽しみながら、七倉乗越(2,316m)まで快適に下った。

翠一色の中に印象的な白いシラカンバ と 切れ落ちた小岩峰

 乗越がもう見えてきたところでミネウスユキソウの群落に遭遇し、またまた撮影タイム。時間を使ったので、ここで休憩する羽目になり、おかげでミヤママンネングサやタカネヨモギ等が撮れた。なにが幸いするか判らないことに。

ミネウスユキソウ と ミヤマオトコヨモギ、タカネヨモギ ヨモギ類は難しいわ
ミヤママンネングサの鮮やかな黄色 と イブキジャコウソウの淡いピンク 好対照だった

樹間に満開だったハクサンシャクナゲ このお花は集まらないと…

 水分補給してちょっと落ち着いたところで七倉岳への登りに入る。入りは左側がバッサリ切れ落ちた岩稜状の急登でちょっと嫌気がさしたけど、途中から巻いてくれた。

左側がバッサリ崩れ落ちている七倉乗越からの登り

 午後の陽ざしにジリジリ焼かれ、この標高なので暑さもあって蒸れる。でももう登りは最後だし標高差も200mたらずなので凌ぐ。 あと20分も我慢すれば山頂かなぁと思いつつ、下を向いて登っていたらなにやら怪しい紫色が目に入った。これは肉食系の色やと直感し、お花に近づいてみるとなんとムシトリスミレだった。葉に虫が張り付いていて、カメラに納めつつもまだモウセンゴケの方がいいかも、う~む恐ろしやと思う。

植物の紫とは明らかに異なるムシトリスミレのお花 と 葉に捕らえられた?虫たち

 結局、七倉岳への稜線にあがり切ったのは15時だった。ついたなぁと思って安心したら、一波乱残っていた。3回目のライチョウ様のお出ましである。しかも今度はお子様が7羽もいらっしゃって、お母様はもう大変。子供でも10mくらいは軽々と飛ぶので、ちょっとずれると収拾がつかないみたい。相当、待たされたけど、いずこも子育ては大変ですなと気の毒になった。

ライチョウさんのご一家 と 仲睦まじい母子

 いろいろ、かき回された一日だったけど、15時半には船窪小屋に到着、道草が過ぎて反省と思いきや、まだ異なものを見る羽目に。今日はある意味、散々かも、とほほ。 それでも終日、好天に恵まれたんだから有難いと思わないと…。

七倉岳の山頂標識 と 船窪岳、不動岳経由烏帽子岳へのルート分岐

 さても、小屋前のベンチで衣類からザックの中身までフル甲羅干し中の下着姿のおじさんがいる。なんでも、昨晩の大雨でドームツエルトから靴までズブ濡れ。心が折れたそうで、判るわその気持ち。 話していると、おじさん、両膝手術後のリハビリ登山で来ているらしい。こんなところでお仲間にと、急に親近感がわく。 お山は、生アイスクライミング一本鎗(ゲレンデはやらない主義)のクライマーで、話はまっとうだし、なかなか面白かった。こういう野武士がまだ居るんだ。 小屋は素泊まりで、明日は針ノ木に向かうらしい。

正面から見た 船窪小屋  左手の棟は男性用トイレと倉庫

 船窪小屋は、こじんまりとした小屋で、ランプに囲炉裏が売り。 たしかに入口を入っていきなり囲炉裏端で、その上にはちゃんとランプも。 でも、小屋管理人さん?は極端な無口で、のべつ囲炉裏の周りを立ってウロウロ。 客人としては、囲炉裏端で落ち着いては到底…のうえ、話しかけてもほぼ返事がないので、早々に諦めて外で例のおじさんと夕暮れまで山談義になってしまった。 小屋近くの水場が崩落で使えず、50年近く山登りをして、初めて水を購入。なんか新鮮? 夕食は無口な管理人氏のメニュー解説付きも逆に落ち着かなかったけど、薊の天ぷらは美味しかった。 食後に囲炉裏端で寛ぐのも無理筋そうなので、早々に寝室に引っ込むことに。変った小屋やなぁと思っていたら、下山後、立ち寄った蕎麦屋の老主人から、この小屋の先代小屋主が先頃亡くなったこと、自分は同級生で昔泊ったこともあるが…と今の様子を聞かれた。世の中、狭いわと思ったし、ある意味納得もいった。

           

7月21日(金)  船窪小屋→七倉尾根・船窪新道→七倉山荘

朝日の中、聳え立つ針ノ木岳の雄姿  これで見納めかなぁ

 快晴の下山日。 5時の朝食後、外に出ると昨日のライチョウ親子が今度はテントサイトに来ていた。どうも生活ゾーンがこの周辺みたい。例のクライマー氏は朝3時にはもう出発したらしい。こちらは下山日なので、ゆっくり7時過ぎ出発。

小屋跡のテントサイトに現れたライチョウさん親子+コマクサ と ガスかかる不動岳(2,601m)

 三角点までのほぼ平坦道の間が最後のお花畑だった。ここは種類が豊富でハクサンチドリも多く、1時間程使ったけれど、ホソバノキソチドリを撮れたのは収穫だった。

ホソバノキソチドリ 三景  中央は特定の鍵となったお花
私を撮らんかいと叱られたハクサンチドリ と 柔らかいクリーム色のエゾシオガマ
林縁のバレリーナ ヒメイチゲ と 三輪揃い踏みのミネズオウ  ともに小さいお花だ
赤色が濃いコイワカガミ と 満開のコバイケイソウ

 三角点から先は長~い下りが待っていて、ハイマツ群落から灌木帯に、そしてモミやブナの多分、原生林へと植相の変化を楽しみながら下った。急降下でも涼しく、梯子と濡れた樹の根っ子という、ネックも大して気にならなかった。

気品あるツマトリソウ と ミネカエデのユニークなお花
途中の、思ったより狭かった天狗の庭 と 岩小屋 一人くらいは寝れそう

 行程の半分過ぎを下ったところで単独行の中年男性、しばらくして休憩中の親子連れ?の女性2人組と会う。「なぜこの急登を登る気に」と聞いてみたら、「人と会わない、静かな山登りができるので」との回答。 なるほど。首都圏在住の方々にとっては…と、学生時代の感覚をおぼろげに思い出していた。

下りの点描 ー 石段の間にあったテングノコヅチ と 倒木に生えたカエンタケ ならぬ ニカワホウキタケ よく似てるわ

 そこからは淡々と下って13時半、七倉山荘まで降りきった。 即、入浴。熱めのお湯で汗みどろの体を流せてサッパリした。なにより、この3日間のリハビリ山行を成功裡に終えれたことが一番だった。