裏参道から二ノ森へ  お久しぶりのお泊り・焚き火もするべ。

f:id:hinemosu_yamajii:20210213170207j:plain

モルゲンロートに染まり、ピンク色に輝く霧氷の杜

 如月。この時候になると、どうしても裏参道が気になってくる。そしてここを歩くなら、登るべきは二ノ森(1,929.6m)だ。西面の保井野や梅ヶ市からのアプローチだと、雪が少なければ夏時間に近いコースタイムで冬も楽々日帰りできるけれど、ルートに趣きが乏しい。

 やはり歩きたいのは冬の裏参道。華やかさを捨て切った、その冬枯れの情景。この道は、春~秋も石鎚へ通ずるルートの中では出色の、味わいのある道だけれど、冬は鄙びて、わび、さびにも通ずるその雰囲気が素晴らしい。 霧ヶ迫の水場(以下、「水場」という。)辺りに拡がる広葉樹の大木群の明るさ、面河尾根巻道沿いに居並ぶ山毛欅群の存在感も捨てがたく、やっぱり裏参道を登ることに。 日帰りはもったいないので、愛媛大学山岳会石鎚小屋(以下、「小屋」という。)に一夜を借り、久しくご無沙汰の焚き火もと、盛りだくさんの贅沢さ?だ。 

f:id:hinemosu_yamajii:20210213170849j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213170914j:plain
概念図 と 渓泉亭面河茶屋。バックは亀腹岩

 新コロナも考慮してウイークデイを選び、午前10時に面河渓泉亭前の登山ポストに届を出した。今年(2021年)も去年程ではないものの、やはり雪は少ない。以前、雪で小屋から二ノ森まで4時間を費やしたような酷いことにはならないだろう。

 石鎚神社の鳥居前で一礼して、いよいよ入山。すぐに巨木の森が始まる。面河山(1,525m)への巻道に入る、標高1,350m付近までは急登といわれているが、その差は600mほどだ。幾多の信者さん方が組み上げた、石畳の階段を感謝の念を新たに、一歩一歩歩む。 水場までに二ヶ所、小さな乗越っぽいところがあって、いずれも岩場とモミか栂類の巨木が圧倒的な存在感で迫ってくる。なかなか印象深いところだ。 

f:id:hinemosu_yamajii:20210213171301j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213171324j:plain
二番目の乗越 と 根元が一本になった左:モミか栂,右:檜の大木そろい踏み。斜めの木はヒメシャラ。

 11:30。ひと汗かいたところで水場に着き、小休止。顔を洗う。水が冷たいと思いきや、ぬるい。標高1,230mで気温が6℃もあるようでは止むを得ないかも…。

f:id:hinemosu_yamajii:20210213172700j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213172733j:plain
霧ヶ迫の水場 と 大人がすっぽり中に入れる針葉樹の巨大枯れ株

 それでも、冬日がクヌギ、水楢、栃、山毛欅などの樹間から差し込んできて明るく、しんとした静けさも落ち着ける。寛いでいると、水楢や栃が「誰か登ってきたよ。」、「今日は来ないと思ったのにね。」とおしゃべりしていそうな間合いで、こういう気分を味わいたくて、お山に登っているようなところもある。 

f:id:hinemosu_yamajii:20210213173228j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213173238j:plain
独特の枝ぶりをした栃の大木 と 倒壊してしまった山毛欅の大木。
f:id:hinemosu_yamajii:20210213173919j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213173930j:plain
道すがら、岩黒山から筒上山のスカイライン と ドングリの木三兄弟。

 面河山を左に見ながら巻き終わると、岩交じりのちょっとした下りになる。冬道との分岐で、雪は斑雪だ。

f:id:hinemosu_yamajii:20210213174157j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213174209j:plain
冬枯れの小道からいつとはなしに雪道に変わってゆく。

f:id:hinemosu_yamajii:20210213174459j:plain

冬道の分岐から振り返る。

 昼食を取りながら、今回は判断に迷わなかった。この状態では、日当たりの良い冬道は雪が出てくるのは標高1,700mを越えてからだろう。アルバイト量と稜線の展望を天秤にかけて、夏道(巻道)を行くことにする。日陰なので雪が多いときは厳しいコースだけれど、今日は大したことはないだろう。 

f:id:hinemosu_yamajii:20210213174814j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213174827j:plain
やっと鎚が見えるところまで来た。日陰はまあまあ雪も。

 予想どおりアイゼンを使うまでもなく、13:25、ガルバリウム鋼板張りの白銀の小屋に着いた。夏道と変わらぬ道で小屋まで3時間を超えるようでは、もう齢やなと自嘲しつつ、サブザックに防寒具やヘッドランプ、行動食等を詰め込んで二ノ森へ向う。 ここから面河尾根ノ頭(三ノ森・1,866m。以下、「頭」という。)まで直線で500m、標高差266mの一気の直登だ。さすがに息が切れる。

f:id:hinemosu_yamajii:20210213175351j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213175413j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213175422j:plain
頭への登りから見る岩黒・筒上(左)、二ノ森(中央)、西冠(右端)。もうガスで…。

 1時間で笹原にポツンと立つ、小屋への分岐の道標にたどり着いた。バックは石鎚山・南面がドンと鎮座。ガスで頂上稜線はもう見えないけれど、何回来ても、迫力の存在感に圧倒される。

f:id:hinemosu_yamajii:20210213175744j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213175753j:plain
正面に頭が見えてきた。 登ってきた笹原をかえりみる。

 6月にはササユリの咲く笹原も雪に埋もれていて、慎重にステップを刻んで15時前、頭に着いた。雪は踝上くらいだけれど、もうガスがかかって展望はないし、稜線に出たので強い北風がもろだ。 

f:id:hinemosu_yamajii:20210213180003j:plain

面河尾根ノ頭(三ノ森)三角点。奥に進めば二ノ森だ。

 山頂までの稜線は、誰も歩いていなかった。ちゃっちいけれど雪庇もあり、強い吹き上げ風の中、時に膝まで潜る道のりだった。距離5~600m、標高差60mくらいだけど、小ピークの連続に霧氷の灌木類がかぶさって甚だ進みにくい。 

f:id:hinemosu_yamajii:20210213180406j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213180341j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213180351j:plain
可愛い雪庇もどき と 北風に追い立てられながら、霧氷の森を行く。

 東面が切れ落ちた、最後の急登を凌ぎ切って15:30山頂に着く。ガスが走ってもう周囲は何も見えなかった。寒いし、まぁこの時間だからなとさっぱり諦め、行動食だけ摂って、すぐ下山。

f:id:hinemosu_yamajii:20210213180855j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213180904j:plain
ガスで視界のない二ノ森山頂 と 鞍瀬ノ頭へ続く道。昨日、誰か歩いている。

f:id:hinemosu_yamajii:20210213181142j:plain

山頂横のクリスマスツリー。ちょっと時期遅れかな?

 ステップがあるので、帰りはさすがに速く、小1時間で小屋に帰り着いた。今日は人っ子一人会わない、静かな一日だった。今夜のお宿もどうやら独占のよう。内心ほくそ笑みながら、アイゼンと靴についた雪をはたき落とした。 

 2006年に建ったこの小屋も、今年で15年目。だいぶん風格も出てきた。土小屋から面河乗越を越えて、建築資材をボッカした昔日が懐かしい。石鎚山系は剣山系と違って営業小屋が先行したため、避難小屋が少ない。加えて、だるまストーブを置くには、周囲に樹林帯がないと難しく、県内ではここくらい(注:シラザ避難小屋は高知県だろう。おかげでゆったりと焚き火が楽しめるわけで、日暮れ間近かの小屋周辺をうろつき廻って、薪拾いに精を出した。

 夜半、ストーブに薪を足して外に出てみると、塵のような雪が降っていた。意外だった。ヘッドランプの灯りの先を風に乗って雪が舞う。ライトを消し、しばらく漆黒の闇の中に佇んで、サラサラとかすかに耳に入る、その音を聞いていた。

 

 翌朝、新雪は昨日の跡をすっかり消してくれた。岩黒山の右肩から朝日が覗き、モルゲンロートに霧氷群がピンクに染まる。カメラを持ってうろつき廻ったあと、霧氷を撮りに面河乗越辺りまで行ってみることに決める。

f:id:hinemosu_yamajii:20210213182242j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213182014j:plain
岩黒の肩から昇る朝日 と 愛媛大学山岳会石鎚小屋。うっすらとピンク色が…。

 出発が9:00になったけれど、小屋からシコクシラベの水場、そして西ノ冠岳への分岐辺りまで2時間を想定し、11時をタイムリミットにバージンスノーに足を踏み入れた。 

f:id:hinemosu_yamajii:20210213182617j:plain

霧氷劇場 その①
f:id:hinemosu_yamajii:20210213182716j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213182728j:plain
霧氷劇場 その② ほんの10分程のモルゲンロートに映えて、美しい。

 6か所ほどある谷筋は日が当たらず、積雪量も多い。クラストしていたり、潜ったりと状況が頻繁に変わる。

f:id:hinemosu_yamajii:20210213183028j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213183045j:plain
紺碧の空をバックに、霧氷が映える。
f:id:hinemosu_yamajii:20210213183204j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213183215j:plain
やや霧氷が薄いものの、美しい白と青の世界だ。

 踏みごたえのないパウダースノーに振り回されつつ、1時間ほどで谷筋を抜けた。大きく崩落した木製の足場のある沢を越えた先で大休止。鎚南面の霧氷群が紺碧の空に映えて、美しい。数時間の命しかない、この景色だけで歩いてきた甲斐があったというものだ。 

f:id:hinemosu_yamajii:20210213183341j:plain

霧氷に輝く鎚南面。わずか数時間の儚い景色だ。
f:id:hinemosu_yamajii:20210213183556j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213183611j:plain
西ノ冠岳と途中の最も大きい沢。純白と青がまぶしい。
f:id:hinemosu_yamajii:20210213183830j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213183857j:plain
シコクシラベの水場に向かう笹原と霧氷。まるで、おとぎの国のようだ。

 10:40、シコクシラベの水場で小休止。雪に覆われていても、底を流れる水音が聞こえる。シコクシラベは霧氷が付いて真っ白だ。

f:id:hinemosu_yamajii:20210213184204j:plain

昨日、歩いた稜線と二ノ森、右は鞍瀬ノ頭。
f:id:hinemosu_yamajii:20210213194617j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213194628j:plain
弥山西面の岩峰を走るガス と 霧氷に輝くシコクシラベの樹林。

 分岐に着いたのは11:15。指呼の間の面河乗越には一張だけ張れる天場があるが、数日前に誰か張ったようだった。三ノ鎖の巻道はもう目の前だったけれど、例のガレ場は氷結し、その上にはパウダースノー。ほんの10mくらいでも氷のカッテイングが要りそうで、加えて足場も悪くザイルが欲しいところ。タイムオーバーに、過去、滑落の遭難者も出ているだけに、残念だけれど、ここで引き返すことにする。

f:id:hinemosu_yamajii:20210213195818j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213195832j:plain
f:id:hinemosu_yamajii:20210213195849j:plain
西ノ冠岳への分岐 と 面河乗越の天場、右は天場から瓶ヶ森~伊予富士の稜線

f:id:hinemosu_yamajii:20210213200239j:plain

二ノ森と鞍瀬ノ頭、右隅に霞む堂ヶ森も。遥かなるかな。

 もう緩んでしまった雪がアイゼンに団子を作り、それをピッケルで落としつつ、12:50小屋に戻る。サブザックをパッキングしていると、十数人の一団が登って来た。聞くと地元消防本部の一行で訓練らしい。いやぁ若い人は元気だわ、一気に周囲がにぎやかになった。目的地は小屋で、「ここで昼食を取ってすぐ下山します。」とのこと。アルミ鍋が二つも出てきたので、豚汁でも作るのかと思ったら、昼食はカップラーメンというところがちょっと面白かった。小屋の仕舞を依頼して、一足先に13:10下山開始。 

f:id:hinemosu_yamajii:20210213200608j:plain

流れゆく雲を眺めながら、のんびりと小屋へ下った。

 冬道との合流点でアイゼンやスパッツを外し、暑いのでポリゴンⅡも脱いでザックにしまいこんだ。もう夏道だし、汗をかかない程度のピッチに落とす。

 水場まで下り、冬の柔らかい日差しが差し込んでくる中、葉を落とした大木群と蕭条とした冬景色に浸っていると、連中が追い付いてきた。結局、一緒に下ることに。

 二日間、誰にも会わないはずだったけれど、こういう日もあるわと思いつつ、登山口の鳥居前で無事下山のお礼を伝えて、焚き火メインのお山が終わった。

f:id:hinemosu_yamajii:20210213200743j:plain

霧氷をまとって、荘厳な石鎚。