如月。この時候になると、どうしても裏参道が気になってくる。そしてここを歩くなら、登るべきは二ノ森(1,929.6m)だ。西面の保井野や梅ヶ市からのアプローチだと、雪が少なければ夏時間に近いコースタイムで冬も楽々日帰りできるけれど、ルートに趣きが乏しい。
やはり歩きたいのは冬の裏参道。華やかさを捨て切った、その冬枯れの情景。この道は、春~秋も石鎚へ通ずるルートの中では出色の、味わいのある道だけれど、冬は鄙びて、わび、さびにも通ずるその雰囲気が素晴らしい。 霧ヶ迫の水場(以下、「水場」という。)辺りに拡がる広葉樹の大木群の明るさ、面河尾根巻道沿いに居並ぶ山毛欅群の存在感も捨てがたく、やっぱり裏参道を登ることに。 日帰りはもったいないので、愛媛大学山岳会石鎚小屋(以下、「小屋」という。)に一夜を借り、久しくご無沙汰の焚き火もと、盛りだくさんの贅沢さ?だ。
新コロナも考慮してウイークデイを選び、午前10時に面河渓泉亭前の登山ポストに届を出した。今年(2021年)も去年程ではないものの、やはり雪は少ない。以前、雪で小屋から二ノ森まで4時間を費やしたような酷いことにはならないだろう。
石鎚神社の鳥居前で一礼して、いよいよ入山。すぐに巨木の森が始まる。面河山(1,525m)への巻道に入る、標高1,350m付近までは急登といわれているが、その差は600mほどだ。幾多の信者さん方が組み上げた、石畳の階段を感謝の念を新たに、一歩一歩歩む。 水場までに二ヶ所、小さな乗越っぽいところがあって、いずれも岩場とモミか栂類の巨木が圧倒的な存在感で迫ってくる。なかなか印象深いところだ。
11:30。ひと汗かいたところで水場に着き、小休止。顔を洗う。水が冷たいと思いきや、ぬるい。標高1,230mで気温が6℃もあるようでは止むを得ないかも…。
それでも、冬日がクヌギ、水楢、栃、山毛欅などの樹間から差し込んできて明るく、しんとした静けさも落ち着ける。寛いでいると、水楢や栃が「誰か登ってきたよ。」、「今日は来ないと思ったのにね。」とおしゃべりしていそうな間合いで、こういう気分を味わいたくて、お山に登っているようなところもある。
面河山を左に見ながら巻き終わると、岩交じりのちょっとした下りになる。冬道との分岐で、雪は斑雪だ。
昼食を取りながら、今回は判断に迷わなかった。この状態では、日当たりの良い冬道は雪が出てくるのは標高1,700mを越えてからだろう。アルバイト量と稜線の展望を天秤にかけて、夏道(巻道)を行くことにする。日陰なので雪が多いときは厳しいコースだけれど、今日は大したことはないだろう。
予想どおりアイゼンを使うまでもなく、13:25、ガルバリウム鋼板張りの白銀の小屋に着いた。夏道と変わらぬ道で小屋まで3時間を超えるようでは、もう齢やなと自嘲しつつ、サブザックに防寒具やヘッドランプ、行動食等を詰め込んで二ノ森へ向う。 ここから面河尾根ノ頭(三ノ森・1,866m。以下、「頭」という。)まで直線で500m、標高差266mの一気の直登だ。さすがに息が切れる。
1時間で笹原にポツンと立つ、小屋への分岐の道標にたどり着いた。バックは石鎚山・南面がドンと鎮座。ガスで頂上稜線はもう見えないけれど、何回来ても、迫力の存在感に圧倒される。
6月にはササユリの咲く笹原も雪に埋もれていて、慎重にステップを刻んで15時前、頭に着いた。雪は踝上くらいだけれど、もうガスがかかって展望はないし、稜線に出たので強い北風がもろだ。
山頂までの稜線は、誰も歩いていなかった。ちゃっちいけれど雪庇もあり、強い吹き上げ風の中、時に膝まで潜る道のりだった。距離5~600m、標高差60mくらいだけど、小ピークの連続に霧氷の灌木類がかぶさって甚だ進みにくい。
東面が切れ落ちた、最後の急登を凌ぎ切って15:30山頂に着く。ガスが走ってもう周囲は何も見えなかった。寒いし、まぁこの時間だからなとさっぱり諦め、行動食だけ摂って、すぐ下山。
ステップがあるので、帰りはさすがに速く、小1時間で小屋に帰り着いた。今日は人っ子一人会わない、静かな一日だった。今夜のお宿もどうやら独占のよう。内心ほくそ笑みながら、アイゼンと靴についた雪をはたき落とした。
2006年に建ったこの小屋も、今年で15年目。だいぶん風格も出てきた。土小屋から面河乗越を越えて、建築資材をボッカした昔日が懐かしい。石鎚山系は剣山系と違って営業小屋が先行したため、避難小屋が少ない。加えて、だるまストーブを置くには、周囲に樹林帯がないと難しく、県内ではここくらい(注:シラザ避難小屋は高知県)だろう。おかげでゆったりと焚き火が楽しめるわけで、日暮れ間近かの小屋周辺をうろつき廻って、薪拾いに精を出した。
夜半、ストーブに薪を足して外に出てみると、塵のような雪が降っていた。意外だった。ヘッドランプの灯りの先を風に乗って雪が舞う。ライトを消し、しばらく漆黒の闇の中に佇んで、サラサラとかすかに耳に入る、その音を聞いていた。
翌朝、新雪は昨日の跡をすっかり消してくれた。岩黒山の右肩から朝日が覗き、モルゲンロートに霧氷群がピンクに染まる。カメラを持ってうろつき廻ったあと、霧氷を撮りに面河乗越辺りまで行ってみることに決める。
出発が9:00になったけれど、小屋からシコクシラベの水場、そして西ノ冠岳への分岐辺りまで2時間を想定し、11時をタイムリミットにバージンスノーに足を踏み入れた。
6か所ほどある谷筋は日が当たらず、積雪量も多い。クラストしていたり、潜ったりと状況が頻繁に変わる。
踏みごたえのないパウダースノーに振り回されつつ、1時間ほどで谷筋を抜けた。大きく崩落した木製の足場のある沢を越えた先で大休止。鎚南面の霧氷群が紺碧の空に映えて、美しい。数時間の命しかない、この景色だけで歩いてきた甲斐があったというものだ。
10:40、シコクシラベの水場で小休止。雪に覆われていても、底を流れる水音が聞こえる。シコクシラベは霧氷が付いて真っ白だ。
分岐に着いたのは11:15。指呼の間の面河乗越には一張だけ張れる天場があるが、数日前に誰か張ったようだった。三ノ鎖の巻道はもう目の前だったけれど、例のガレ場は氷結し、その上にはパウダースノー。ほんの10mくらいでも氷のカッテイングが要りそうで、加えて足場も悪くザイルが欲しいところ。タイムオーバーに、過去、滑落の遭難者も出ているだけに、残念だけれど、ここで引き返すことにする。
もう緩んでしまった雪がアイゼンに団子を作り、それをピッケルで落としつつ、12:50小屋に戻る。サブザックをパッキングしていると、十数人の一団が登って来た。聞くと地元消防本部の一行で訓練らしい。いやぁ若い人は元気だわ、一気に周囲がにぎやかになった。目的地は小屋で、「ここで昼食を取ってすぐ下山します。」とのこと。アルミ鍋が二つも出てきたので、豚汁でも作るのかと思ったら、昼食はカップラーメンというところがちょっと面白かった。小屋の仕舞を依頼して、一足先に13:10下山開始。
冬道との合流点でアイゼンやスパッツを外し、暑いのでポリゴンⅡも脱いでザックにしまいこんだ。もう夏道だし、汗をかかない程度のピッチに落とす。
水場まで下り、冬の柔らかい日差しが差し込んでくる中、葉を落とした大木群と蕭条とした冬景色に浸っていると、連中が追い付いてきた。結局、一緒に下ることに。
二日間、誰にも会わないはずだったけれど、こういう日もあるわと思いつつ、登山口の鳥居前で無事下山のお礼を伝えて、焚き火メインのお山が終わった。