中九州・秋の一人旅  ― 久住・阿蘇に遊ぶ ―

一面の芒ヶ原を扇ヶ鼻分岐へ  星生山稜線のギザギザが美しい

 お四国から近くて遠い、九州。 四辺が海に囲まれたお四国は、本州と橋でつながるまではフェリーで海を渡るのが定番だった。お若い方にはチンプンカンプンな宇高連絡船が懐かしい方もいらっしゃるだろう。 今の時代、大橋(高速道)を使って本州は何度も往復しているのに、この負の遺産の影響?か、未だフェリーが主要な交通手段として残る九州はなかなか腰が重かった。 今春の南九州行で使わざるを得ず、凡そ20年ぶりに乗船してみると佐賀関に渡るフェリーだと時間は1時間ちょっと、なにより休憩がたっぷり取れるという、大きなメリットが。 特に帰路は休養にちょうど良いタイミングになって、今回も春の学習効果で枕とアイマスク持参で客室に移動。航送料金はそこそこかかっても、やはり最短距離で九州に入れるのは大きく、スタート地点の久住・牧ノ戸峠まで自宅から4時間ほどだった。 じじいになってよく判ったけれど、これ、体の負荷がめっちゃ軽いわ。

 体の負荷といえば、今回は一種のテストランだった。やっと癒えた膝で4年ぶりの天泊再開に坊がつるを選び、準備も整えた。ずっと日帰り装備だけだった肩にはご迷惑だけど、軽量化を徹底してテント+シュラフに食糧を加えてもプラス2kg くらいだろう。グラナイトギアの52㍑ザックは一泊程度にはおおげさだけど、年寄りの悲しさ、寒さ対策で嵩張るばかり。でも、また背負えるとは思ってなかったので、そのうれしさはある。 さて、うまく行きますかどうか。こればかりは歩いてみないと判らないわ。

パート1 ・ 久住  (1泊2日)

概念図

10月23日(月)

 朝6時過ぎ、薄明の牧ノ戸峠駐車場を出発。 もうヘッドライトが至るところでチラチラしている中、コンクリで固められた登山道に入る。昨晩はかなり冷え込んで車も夜露がびっしり。この時期、九州でも標高1,330mではこの寒さかいなとふと思う。

早暁の阿蘇山群を遠望する  どっしりと大きい

 前衛峰の沓掛山(1,503m)に着く頃には明るくなって、山頂の岩峰群にはカメラマンの列が。三俣山の肩から出る日の出には時間があり過ぎるので、早々に通過する。

沓掛山頂から空が白み、朝日の出も間近かな三俣山を望む

 さすがに久住主要山群へのメインアプローチ道とあって、よく踏まれていて、歩き易い。枯れ芒を縫う緩いザク道の登りを坦々とこなすと扇ヶ鼻分岐はすぐだった。ぐっと近くに感じる阿蘇山群やピークに朝日が当たり始めた久住山(1,786.58m/一等三角点)を眺めながらのんびり歩く。

ちらっと覗く久住山頂に朝日が当たり始めた 一瞬のモルゲンロート

 大きな立木のほとんどない、ミヤマキリシマと灌木群に茅野を渡る高原漫歩。 火山特有といえばそうだろうけど、アルプスの景観に慣れた者には、ちょっとした異空間に感じる。左手の星生山稜線にちょっぴり紅葉が入っているのが救いかな。

 8時、久住別れ手前の避難小屋。 コースタイム通りも快晴で暑くて早くも一汗かいた。広い原っぱとしか言いようがない平坦地の、隅っこにポツンと立つ避難小屋にザックをデポし、サブザックひとつで久住山や中岳等の主要山群のローテーションに出発する。

(左)久住別れ手前の窪地に建つ避難小屋 と (右)久住別れからの久住山頂(右端)

 道は小石交じりのザク道で、脇をドウダンツツジやミヤマキリシマの群落や芒が固めてはいるものの、正直、植物というものの存在をあまり感じない殺風景さ。 お花のない秋特有かもな…と思いつつ、久住山へ。この頃にはすっかり晴れ渡る。風のほとんどない登山日和で、祖母・傾山山塊が遠霞に浮かび上がり、三俣山越しに大分・由布岳の双耳峰も遠望できて、山頂はよい眺めだった。

春に登った祖母山と左隅に傾山 祖母山群のスカイラインが美しい
(左)久住山頂と遠く大分・由布岳の双耳峰 (右)全国に約970しかない、やや傾いた一等三角点

 ここまで30分ほど。早朝出発だったので、まだそんなに混んでもなく、少しゆっくりできた。牧ノ戸峠から標高差約350m、スニーカーで登って来れる道の具合と距離だから、午後はこりゃ混むだろうなと思いつつ、山頂を下って稲星山(1,774m)に向かう。

稲星山に向かって神明水分岐へ下る ずっとこんな感じの道だった

 霜柱を見ながら神明水分岐を通過し、下った分を取り戻す100mちょっとの直登を頑張って無人の稲星山に。久住山と10mほどしか違わず、眺望も抜群なのに人っ子一人いない。不遇のお山かな。点々とドウダンツツジの塊が紅をあしらって気持ちの良いところだった。

ドウダンツツジの紅葉を前景に祖母傾山山塊  秋色爽やかなり

 ちらっと見えた坊がつるを横目にドウダンの赤と一気の急登が印象的な中岳に向かう。 2回目の100mの登り下りを経て10時、中岳(1,791m)山頂。九州本土最高点の道標をしり目に、今日の天場、坊がつる全景を見下す贅沢な眺めだ。

(左)坊がつるをバックに中岳山頂  (中)御池と久住山 (右)日向ぼっこのスズメバチさん

今日の天場 坊がつる全景  バックは平治岳、右下に小さくテントが望める

 もう雲一つない天気で眺望にもやや飽きてきて、人もぞろぞろ…をしおに、そそくさと天狗ヶ城(1,780m)に向かう。眼下に御池を見つつ、時計逆回りの周回行もこれが最後のピークになる。 30分弱で草交じりの丸っこいピークについた。少し時間は早いけど、正面に硫黄山(1,554m)の荒れ果てた白い稜線と噴煙を眺めつつ、ここで昼食に。 御池に立ち寄って避難小屋に帰り着いたのが11時半前だった。大して歩いていないけど、数回のアップダウンの影響か、思ったより時間がかかってしまった。この周回行の印象は、茶色と灰色。ドウダン紅葉もあったけど印象薄く、火山特有のゴロゴロ道のインパクトが大きかった。

天狗ヶ城の下りからの御池  満面に水を湛えて涼しげだ

 もうここからは地形図上の登りはない。距離は長いけど、坊がつる(1,245m)までずっと下り…のはず。 でしたが、10月下旬とは思えない伏兵が待ってました。諏蛾守越への分岐である中宮跡までは硫黄山の噴煙を左に見ながらのほとんど傾斜のない河床歩き。至るところに黒っぽい火山弾が散らばっていて、茅野交じりの静かな道もつい、急ぎ足に。

白い水蒸気を上げる硫黄山噴気孔 と 火山弾、左が硫黄山 右が阿蘇山 のもの

 中宮跡から右に90度ターンし、法華院温泉への標高差150mほどの下りに入る。距離ほんの600m程、砂浜状のほぼ水平道がしばらく続き、真っ昼間のカンカン照りに無風と来て、まるで白い砂漠を歩いているような錯覚に。汗だくでアンダー1枚にされ、やれやれホンマに10月も下旬なの?

(左)下ってきた久住別れを振り返る   (右)法華院温泉山荘への白い道 暑かった!

 温泉への巨石交じりの下りに入って日陰も増え、やっと一息付けた。ここからは渓流紅葉も見つつ季節相応の涼しさに。

(左)渓流に沈む紅葉落葉 涼しげだ     (右)法華院温泉山荘がやっと見えた

 13時前、法華院温泉山荘に到着。 ここの一押しはやはり温泉でしょう。当然、日帰り入浴はするべと受付へ。5m×7mくらいのモルタルの殺風景な浴室の湯船にお若い先客の頭が二つ浮いていた。外にも同じくらいの広さのデッキが設えてあって、正面に大船山の絶景。早い時間帯だったからかお湯も大変綺麗で、いゃ~、寛げました。

法華院温泉山荘 全景  中央右の木の横(1階部分)がお風呂の展望デッキ

 さっぱりして今日の泊り場、坊がつるには14時前に到着。水場は近いし、草地のクッション付き、風はほぼないだろう窪地と、まぁかなり優秀な天場でしょう。 トイレが旧態依然だったのにはがっかりを通り越して驚きました。国立公園内でこれほどの好条件の天場、相応で早急な改善が必須でしょうね。 テント場は夜の沢風を避けて10m程離れた草地を選択。 初日は膝も大丈夫で安寧に暮れ、北斗七星とオリオン(同居してる!)を肴に癒しのホットウイスキーでした、快適。

途中に咲いていた 狂い咲きのミヤマキリシマ
(左)坊がつる天場への木道を行く    (右)青空に浮かぶ大船山(中央奥)

10月24日(火)

 今日も6時立ち、大船山(1,786.37m/三等三角点)から平治岳(1,642.98m/三等三角点)を回って坊がつるに戻るので、テントはそのままにしてサブザックにお昼も詰め込む。 お星様が綺麗で、まだ暗闇の中、ヘッドランプのか細い光を頼りにまず今回の主目的地、大船山を目指す。 ま、聞こえは颯爽も、道は火山特有の信州・妙高山を彷彿とさせる、岩だらけのゴタゴタの悪路に急登ミックス。 嫌気がさしたけど、幸い、途中で追いついてきた若い兄さん(以下、「M君」と呼ぶ)をペースメーカー代わりについてゆく。おかげでこのじじいも昔取った杵柄、エンジンがかかってきた。途中の落葉の絨毯も楽しみつつ、標高差450mを一気登りで7時30分段原につく。

(左)段原への登り中途、落葉紅葉を堪能   (右)段原 奥は大船山

 日の出を待っていた登山者群と狭い道ですれ違いつつ、20分程で山頂へ。この山系の紅葉の名所とあって、20数人はいるか、結構な数の登山者だ。

(左)大船山頂から九重連山 (中)スカイブルーの山頂 (右)山頂から阿蘇方面の紅葉

山頂から御池を見下ろす  光の具合でちょっと妖しい湖面に

 ひと通り眺望と紅葉を楽しんだ後、M君と一緒に御池へ下る。御池は山頂から見下ろすとやや妖しい雰囲気だったけれど、穏やかな湖面に岸に並んでいるような白い岩石群と相まって、なかなかよろしい眺め。写真家の皆さんが題材に選ぶ理由がよくわかりました。ただ、今日中に長者原まで下山しないといけない時間的な余裕のなさ、光の角度などもあって、しっとりと落ち着いた一枚は残念ながら撮れなかった。

 湖畔からM君を誘って対岸の岩峰へ。前セリに下る明瞭な道から右へのかすかな踏分道へ入る。あまり人は歩いていないようだ。 岩峰上から見上げる大船山はピークらしい品格があって、来てよかったねとM君と話す。

御池対岸の岩峰上からの大船山頂  どっしりとしてよいピークだ

岩峰上から遠く大分・由布岳を望む  見事な紅葉群に圧倒される
岩峰上からの御池二景  やや盛りを過ぎているけれど美しい

 帰りに再度、御池湖畔に戻ると幸い風が止み、湖面に映る(漣入りだけど…)岩峰群も撮ることができた。

御池  対岸にある逆さ岩峰と漣入り 絵になる風景も技術が…

再び大船山山頂に戻って撮った、御池全景 少し光線位置が変わっていた

遠く霞む祖母・傾山山塊をバックに大船山の紅葉
大船山山頂からの岩峰群のアップ(右の岩に登った) と 坊がつる全景

 9時半、段原に戻り、坊がつるに下るM君と握手して別れた。

 ここからは大戸越を目指して一路、北へ。雪洞状のミヤマキリシマがせり出して人一人がやっと通れる狭い道を北大船山へ進む。

大船山への中途、大船山を振り返る。 左下の白い部分は枯れ芒だった

 その先は標高差250mの一気の下りだった。こぶし大くらいの火山岩が積み重なって浮石化していて、また違った意味の悪路。結構、神経を使い、下りのコースタイムが40分になっている理由も納得だ。 10時過ぎ、大戸越に下りきった。暑くてちょっと小休止と水分補給。平治岳はここからは見上げるような急登だ。

(左)大戸越への下り かなりやばい道   (右)平治岳の急登を見上げる

 ミヤマキリシマの名所とあって、登りと下りの専用道がある、ちょっとユニークなお山もこの季節だとあまり関係はないかな…。 それではとジワリと登り始めると、いゃ~やはり岩交じりの急登。でも大船山の悪路に比べれば随分とお優しく、30分弱で南峰に。

南峰直下から北大船山の下り斜面を眺望する  点々とドウダンツツジや楓類が…
(左)急登中途の岩場、結構多かった   (右)南峰から平治岳本峰を望む

 正面に見える本峰まではトラバース道を10分弱。平治岳は高さこそ1,643m弱と一回り低いけれど、久住山群を見渡せる優れた展望台。そよ風もあって涼しく、お花のない時期とはいえ良いお山でした。

平治岳山頂からの久住山群一望  まさに絶景でここは素晴らしい展望台だ
平治岳からの下り 紅葉二景 と まだ残っていたミヤマアキノキリンソウ

 しばし涼をむさぼった後、ちょっとわかりにくい下り専用道の道標をなんとか見つけ、ゆるゆると巻きながら下る道に付き合って11時半前、大戸越に戻る。  大戸越から坊がつるまでの間は、最初、また浮石道も次第に落ち着いてきて良い道とは言えないけど、お昼前にはテントに帰り着いた。 予定より早く戻れたので、昼食がてら一休み。朝、びっしょりだったフライも乾いていて、10分ほど帽子をかぶって昼寝も。 手早く撤収し、13時に天場を後にした。

黄金に輝く草紅葉の坊がつる  遠く大船山も…

 もうあとは雨ヶ池経由で長者原へ下山するだけだ。 ピッチを上げる必要もないし、雨ヶ池越まで膝の具合を確かめながらのんびり緩い登りをゆく。途中、森林管理署が道路補修作業中で、お礼を伝えて通過させてもらう。

下り中途の落葉紅葉 しっとりと落ち着いた静けさだった

 降雨後は池になるらしい雨ヶ池は、カラカラだった。膝は不安を全く感じなかったので、あと4km程の緩傾斜道をひたすら歩く。 一面葦ノ原の木道を抜け、坊がつる讃歌の碑のあるバス停には15時前の到着だった。

(左)三俣山をバックに葦原の木道を行く(右)坊がつる讃歌って芹 洋子さんの持歌だったの?

  坊がつる1泊2日、お久しぶりの天泊行は膝の不安解消という、願ってもないお土産付きで無事、終えることができた。

 

10月25日(水)は膝の休養日に充て、黒川温泉で湯浸り三昧。深さ1.6mの立湯がなかなか面白かった。もう少し湯船が広かったら平泳ぎができたのに…残念。

鍋の滝(裏見の滝)にも…  

パート2 ・ 阿蘇 (日帰り)

概念図

10月26日(木)

 今朝もヘッドランプと一緒に6時出発。仙酔峡から阿蘇最高峰の高岳(1,592.3m/三等三角点)を目指す。

茫洋と広がる阿蘇のカルデラと朝霧  外輪山の向こうは久住山群というぜいたくな眺め

 芒道を10分程で仙酔峠。正面に圧倒的な迫力で鷲ヶ峰の岩峰がそそり立ち、峠周辺にはクライマー達の慰霊碑が立ち並ぶ。合掌して通過、他人ごとではないし…。

(左)ミヤマキリシマのお花 (中)スタート地点の花酔い橋 (右)威圧的で圧倒される鷲ヶ峰岩峰群

 これから登る仙酔尾根は駐車場から高岳山頂までの標高差約700mをほぼ直線で一気に登る急登だ。恐らく阿蘇唯一の登りらしい登りだろう。こういうの性に合ってるらしく、急登には若い頃から強くて、登りの○○とよく言われた。 暫く登っていて気が付いたのだけど、この道、浮石がほとんどない。そのように見えて、しっかりと安定していて固くこれが溶岩流の特徴なのか。道はそれが固まったところに無理やり通していて、点々と黄色いマーキングが施してある。なるほど、何処を歩いても変わらず、視界が悪い時は位置が判らなくなるのかもしれない。実際、晴れているのに何度か助けられた。振り返ると阿蘇外輪山の向こうに伸びやかに久住山系が浮かび上がって、雄大そのものの眺望。せせこましいお四国が嫌になる眺めだった。

尾根の中間点手前から高岳稜線への乗越点を望む やっと半分来たのかな?

 7時半にこのコース唯一の注意ポイントを通過。そう危険そうには見えないが、それでも埋込ボルトがちゃんと打ってあった。

尾根のちょっとしたギャップという感じの注意ポイント と 埋込ボルト(やや中央下の銀色の輪環)

 鉛色の溶岩道にも草紅葉はあるし、必死に寒さに耐えて日差しを待つ凍て蝶も。雄大な風景を眺めながらで休憩しまくりである。

橙色の草紅葉 と 凍て蝶、しっかり生きていた そしてユニークな形状の溶岩&草紅葉

朝日が差し始めた仙酔峡阿蘇カルデラの眺め 広いわ

 今日はそう急ぐ必要もないという、気楽さもあって稜線に飛び出すのに2時間もかかってしまった。ひとたび稜線に上がってしまえば、もうあとはだらだらの稜線漫歩だ。

(左)高岳への稜線の乗越点 と (右)高岳への道(ハイウェイ)

 うっすらと地表を覆う芒や草類以外は、ごつごつした溶岩のなれの果てばかり。「荒涼たる」がそのままの情景に一本ハイウェイが通っていて高岳にはあっという間に着いた。女性単独行の方が写真に苦労していたので撮影をしてあげ、少し話して別れる。

(左)高岳山頂から高岳東峰      (右)中岳火口と阿蘇の山並み

 ここから先、中岳(1,506m)、火口東展望所(1,369m)と左側に白い噴煙を上げている火口壁を眺めながらの緩い下り道。同じような風景とハイウェイが続くほぼモノトーンの単調さ。

阿蘇のメイン 中岳火口を遠望する いゃ半端ないでかさ
(左)中岳山頂        (右)これから下る仙酔峡への道

中岳火口の白い噴煙  とても穏やかだった

 火口向いの砂千里ヶ浜とおもちゃのミニカーのような車列の眺めに展望所でお別れし、既に廃止になったロープウェイのコンクリ塔が点々と侘しく立っている、舗装道を延々と下った。なんとこの舗装、登山口の仙酔峡駐車場まで続いていてうんざり。

(左)古びた防火サイロと延々と続いた舗装の下り(右)最後の階段、長かったです

 9時半、車に帰り着いて一服していると、高岳で別れた女性単独行者がほどなく仙酔尾根を下ってきた。奈良から来られたらしく、これから祖母山に向かうとのこと。1日2山踏破も可能なところが九州のお山の良さ?なのかなと、やや複雑な気分で阿蘇をあとにした。

ひねもす 山歩き ショートショート ⑥ - コウヤボウキ

 漢字で書くと、高野箒。 お花の名前に「箒」がつくなんて、なんとも変わった名前だなぁと。そうは思いませんか? お花自体は、枝の先にぽつんと一つだけ。 2㍉くらいの薄いピンクと白の少花の集合体みたいで、花冠の地が淡い薄紅色。 じっくり見ると、その薄紅になんともいえない趣があって、なかなか上品で奥ゆかしい。

草本のハグマ(白熊)の一つだろうと思ったら、意外や意外 でした

 最初、お花の特徴からモミジハグマ属の草のどれかだろうと高をくくっていたのですが、調べてみたら、キク科コウヤボウキ属の小低木とあって、えっ木なのと今度はビックリ。 勉強不足で、キク科は草本しかないと信じ込んでいました。 

枝先に一つだけのお花。この木と草本のハグマの種間雑種もあるらしく、お花の世界は複雑怪奇。

 日当たりの良い乾いたところに、灌木の陰でひっそり咲いていて、うっかりすると見逃しそうな地味さですが、裏にはしっかり歴史が…、これにはいささか恐縮した次第。

 どうも名前を切り離さないといけないらしく、「高野」は、お四国に御縁の深い弘法大師様の開かれた高野山がどうやら名前の出自のよう。 なんでも、高野山ではお大師様の御指示で、竹や果樹を植えてはいけなかったそうで、コウヤボウキの枝が埃を払う「箒」として使われ、ついに「箒」の頭に「高野」と付いたらしい。

 でも、もっと古い時代に遡ると、この木の枝を束ねて箒として使うのは一般的だったらしく、天皇もその年の豊穣を願う儀式に飾り物を付けて、玉箒として扱ったとか? 詳しくは判らねども、かの正倉院にも保存されているようで、掘れば掘るほど、まだまだ出て来そう。 地味なその外観とは全く想像もできない、奥深さと歴史のロマンを感じさせる、木本のお花でした。

ややピンボケ気味だけど、薄紅の花冠の地の部分の色が繊細で奥ゆかしく、じっくり眺めると美しい。

 

ひねもす 山歩き ショートショート⑤ ー ノササゲ

 淡い黄色の小さな雪洞が空中にふわっと浮いて、風に揺れてる。 散策を終えて、車を止めた場所までノコノコ車道を帰っていたら、一風変わった景色に遭遇した。 はぁ? この白昼にキツネの嫁入り? そりゃ、もう秋の結婚シーズンだけど、化かされるにしては明るすぎるよなぁと思って近づいてみた。 なんのことはない、笹に巻き付いたつる植物の蔓がその先端から大地に真直ぐ下りていて、漂っているように見えただけ。

黒紫の蔓に薄黄色のお花、まるで宙に浮いている雪洞のように見える。

 でも、お花は、淡く柔らかい薄黄色で筒みたいな萼の黄緑色と相まってなかなか可憐。それに細い蔓にしては、花数が豪勢な付きようで、まるで雪洞みたい。 こりゃ、マメ科かなぁと思ったけれど、その場では判らなかった。

 調べてみたらノササゲでした。 ノササゲ属で別名キツネササゲというらしい。 先人も最初、化かされたと思ったのでしょうか。 タンキリマメ属のトキリマメか とも考えたのですが、三つに分かれた小葉の幅が狭いしお花の萼も長くて、どうも違うみたい。どうやら、名前の由来は、大角豆という呼び名で栽培されて、お赤飯に実がよく使われるササゲの野生版ということらしい。 たしかに、こちらの豆果は紫色で到底、お赤飯には似合いませんよね…。

雪洞のようなお花の塊部分のアップ。これだけお花が集まっているのも珍しい。

 いやぁ、でも雪洞のようなお花の集合体も可愛いですが、蕾の形が楽しいと思いませんか。まるで、小人がミストグリーンのパンツにクレームの靴を履いて、ダンスしているみたい。 散策帰りに良い思い出を拾えて、ちょっぴり幸せな気分になれました。

通常のお花の付き方、これでも多いくらい。 左側の二つの蕾、小人の足のように見えませんか。

 

寒風から笹ヶ峰へ ― 笹南稜のプチ・バリエーションに遊ぶ

寒風山頂から石鎚方向の大雲海を望む ー 目ぼしいお山はお隠れになって、右隅にわずかに西黒森が覗く…

 9月下旬、まだまだ夏の高気圧さんが強くて、なかなか涼しくならない中、快晴の予報につられ、このコースをお久しぶりでトレースした。まぁ、無雪期だし、計算もできるコース。それでも新コロナにインフルエンザまで早や流行期のお四国、免疫衰え気味のじじいは慎重にウイークデイを山行日に選ぶしか…ないか。

 今回は、冬の下見がてらテクテク と 下山に使っている笹南稜(直滑降ルートと勝手に名前つけてる。)コースのルート開拓が目的。春にトレースして難題は標高1,400m辺りの強烈な笹ブッシュ帯と判っているので、そこをどう抜けるか。とはいえ、せいぜい1時間半、それも下りの気楽さはある。

               概念図 (赤線がプチ・バリエーションルート)
 時折、小雨も混じるR194・そらやま街道を走り、寒風山トンネル(延長:5,432m)を抜けて、桑瀬峠登山口手前の林道(現在、通行止め中)入口に着いたのが朝7時。この時点でガスは走っても晴れ間が覗き一安心。無雪期に歩くのはひさしぶりで7:30、トイレ横のパーキングを通るとウイークデイとあってガラガラわずか2台。通行量はそこそこもほとんどの車はUFOラインにそのまま入っているようだ。

 登り始めいきなりの急登は、さすがに汗が滲む。10月にはやっと秋が来るようだけれど、少なくとも今はまだ晩夏や。オオバヨメナの白い花ももう勢いがない中、紅葉には程遠い道をトコトコ歩く。50分弱で伊予富士(1,756.2m)と寒風山(1,763m)の道が分岐する桑瀬峠(1,451m)に。

晴天性のガスが走る、無人の桑瀬峠 しずかでいつもと違った雰囲気や。

 峠はガスで誰もいなかった。湿り気のない晴天性のそれ。でも、早朝は雨が走ったらしく、笹はしっとり濡れていて、雨具の下だけ着用。普段は、トレラン用のショートスパッツしか使わないので、ま、仕方ないか。

 今日は、笹ヶ峰(1,859.6m)より先がポイントなので、お昼には笹山頂に居たい。ために5分の小休止のみで進むとやはりまだ乾ききっておらず、雨具は太腿から下がびしょ濡れ、これではロングスパッツがあっても…。

途中で面会した日本ヒキガエルさん。聞き分けのいい子でちゃんと撮るのを待っててくれた。

 ガス模様の中を左手に西壁を見つつ樹林帯を抜ける。このゾーンはアケボノツツジやブナの古木が多く、おもろい形の奴や冬になるとぐっと趣のある風情になる奴と、飽きさせない。

ルートのすぐ脇にあるアケボノツツジの古木 根元から枝分かれし、風格も一級品
基部がトーテムポールのようなブナ と 今は目立たないが雪景色になるとグッと存在感が増すブナ

 もうお花はほぼ仕舞も、一輪だけウメバチソウが待っていてくれた。そうこうするうちに、急登を凌いだらしく、面河笹の斜面に飛び出した。縦走路から道の駅木ノ香と帰りに歩く林道が足下に望め、丁度良い一服に。山頂はもう一息の距離だ。

ウメバチソウ やはり秋は、たおやかなこのお花を見ないと…

寒風山頂手前の笹スロープから足下に道の駅木ノ香方面を望む

 9:40寒風山山頂着。山頂を南に気持ち下り、風穴に鎮座する蔵王権現様に恒例のご挨拶、祠も清掃しておく。南面高知県側)は晴れて稲叢山もくっきりながら、北面愛媛県側)はガスで白一色だった。ゆっくりと桑瀬峠を南に乗っ越してゆく滝雲を楽しみつつ、笹ヶ峰も遠望の贅沢な小休止。ここから笹ヶ峰までは直線距離だと約2kmで時間にして1:30ほど。見た目と異なり意外と近い。昔は1:00で計算出来たけれど、じじいの足はもう遠い過去の記録になってしまった。

ゆったりと桑瀬峠あたりを流れ下る滝雲 山登り冥利に尽きる…かな
寒風山頂の祠 と 秋の花二景

 寒風から笹ヶ峰(1,740?mの前衛峰)までの間は、小ピークをいくつも越えるアップダウンで、春と秋は新緑と紅葉が素晴らしく、お気に入りのゾーンだけれど、今日はちょっと紅葉には早すぎるかな。 

寒風からの下り これから歩く鬱蒼とした広葉樹主体の原生林帯、深いわ  右の枯大木がアクセント
もう最後の一花だろう、ぽつんと咲いていた、ナガサキオトギリ と ミヤマアキノキリンソウ

 ここはうっそうとブナ、ハウチワカエデ、ダケカンバなどの広葉樹が繁り、野鳥の天国、苔や茸に古木も多く、歩いていてしっとり落ち着く。それにスリーシーズンは冬季のような北面からの吹き上げの強風、腰近くのラッセルや笹斜面の表層雪崩などなど、諸々の懸念はないから至って気楽ではある。

苔むしたハウチワカエデの古木 堂々たる立ち姿で趣もあって素晴らしい
ハウチワカエデの洞にはえたヌメリスギタケモドキ と ナメコと思われる成菌  秋の宝ものだ
晴れているのに薄暗く、でも歩いていて落ち着ける路をゆく  逞しい檜の根っこも…

 笹ヶ峰肩を右に見て巻き、北面に入る。緩い登りのほぼ一直線の踏分道。もうあと山頂まで1kmもない。ガスも切れて、瀬戸内海を眺めながらの快適な天上漫歩になった。

笹ヶ峰主峰を遠望しながら気持ちの良い笹道を行く

 11:30笹ヶ峰山頂。少し風が出てきて、汗をかいた身には心地よい。蔵王権現様の祠が補修されていたのが変更点くらい。また雲がでて北面の展望はもうひとつも、ちち山・冠山~平家平の伸びやかな稜線を堪能しつつ、少し早い昼食。ほぼ予定通りなので、1時間たっぷり休む。誰もいない山頂は良し、このお山では稀な静謐さや。のんびりコーヒーブレイクを楽しませてもらった。

笹ヶ峰山頂の蔵王権現を祀る祠 心無い者に壊された左側の扉が補修されていた

 さても、今回はここからが本番だ。高知県側へ笹の中を一気に約700m下る南稜(直滑降ルート)を下り始める。滑りやすい木の根や青石に加え、急傾斜で膝にはよくない。じんわりと降り、冬の目標木にしているウラジロモミ2本組の真ん中を通過。お二人さん、昔に比べ少しだけ大きくなったかな。

冬季の目印にしているウラジロモミの双子 ガスっているときは本当に助かる

 道が右に90度曲がった先にあるベンチまで山頂から20分ほど。そのすぐ先の標高(以下、省略する)1,550mにある下山路脇のウラジロモミがプチ・バリエーションのスタート地点だ。樹の根元で小休止して装備をブッシュ仕様(といっても大したことはないが…)に替える。

だいぶ笹に覆われつつあるベンチ と プチ・バリエーションのスタート地点のウラジロモミ(中央)遠望

 13時過ぎ、下山路と別れ、右の笹ブッシュに入る。しばらくうっすらと道らしき痕跡が…。最初の時はまだ色褪せた赤布が残っていて、たぶん、小生と同じ発想の先人が降りられたのだろう。すぐ、ヒョロヒョロの灌木帯になり笹が消える。

下り始めて直ぐの灌木帯上部 なぜか笹がなく岩ッ原だ

 岩交じりの地面むき出しの斜面を進むと徐々に膝高の薄い笹に遷移し、二本ずつ並んだ杉と水楢の大木が居並ぶゾーンに着く。いや~でかいわ、おたくら。そのまま南南西の方向に真直ぐ笹帯を下ると、1,450mの位置にウラジロモミの一抱えもある大木が待っていた。ここまで15分ほどだ。ポイントなので、絡んでいる蔓にテーピングしておく。

 この辺りから笹の背が高くなってきて視界が遮られる状態に。いよいよ1,400m前後に繁る、胸近くまである笹ブッシュ帯だ。でも、無理無体に笹漕ぎに突っ込む気はさらさらなくて、少し周辺をウロウロ。しっかり人一人が抜けれる幅の鹿の獣道を使わせてもらってちゃっかりエスケープ。踏跡はかなり明瞭で、使い込んでいた。頭数は増えていると思われ、あまり望ましくは…。1、360mほどまで下ると上の段のナルに。笹ブッシュ帯はもう通過、笹もまばらになって、ぐっと歩き易くなった。広葉樹で日照が限られ、笹には厳しい環境なのかな。スタートのウラジロモミからここまで30分ほど、テーピングをしつつ…で、この時間だ。暑くて、5分ほど水分補給を兼ね休息。

 せいぜい腰までの薄い笹帯を抜け、1,330mほどまで下ると中の段のナルだ。大昔の炭焼き跡と猪のヌタ場が同居する、いわば広場。地滑りだろう、西南方向に緩い傾斜の涸れ沢状凹地になっている。 

中の段のナル 左端に古い炭焼跡の石積み と 右に猪さんのヌタ場  水さえあれば、テント泊にはもってこいの場所

 ここは西南方向への誘惑には乗らず、正面の小高い丘を越え、やや左気味に振る。すぐ1,300m近くの下の段のナルで、もう杉の植林帯が視認できた。植林帯上端の1,280mから林道の走る1,100mまでは、植林道を活用させてもらう。笹はもう全くなくなり、A沢(仮称)沿いに沢音や堰堤を眺めながら、かすかに人の使った跡の残る緩傾斜の杣道をテーピングしつつ下った。

A沢(仮称)沿いに続く朽ちかけた杣道 と A沢の堰堤(2つあるうちの上部のもの)

 1,150m付近が植林帯の末端で、また笹が出てきて、前回笹にテーピングしておいた分岐に着いた。ちょっとわかりにくく、杣道はそのまま奥に続いているが、これをゆくと南稜登山口方向に約200mも崖の上を巻く、いわば無駄歩きになってしまう。

二ツ滝(仮称)の上に出る分岐(赤テープのところ) そのまま前に進むとかなりの遠回りになる

 分岐を右に振って、笹ブッシュに近い踏分道に入る。もう踏跡が消えかかっている道を下っていると渓流釣りのおじさんと鉢合わせ。いきなり竿が目の前に現れビックリした。すぐ、二ッ滝(仮称)の上の河床に一度出、また左のブッシュに戻ってすぐ、最後の崖下りが待っていた。10m程かな、植林の方々が設置したのか、緑色の5~6㍉くらいのナイロンロープ(むろん事前チェック済)が設置されていて、これを慎重に下って15:00前に林道・長又橋のたもとに降り立った。

林道に降り立って下った崖と緑ロープ(写真中央)を振り返る 右は長又橋から撮った二ッ滝(仮称)

 あとは侘しい林道歩きが残るだけだ。現在、舗装が切れるヘリポート地点から先は通行止めだけれど、非舗装の道が平坦に均されていて、朝、運ちゃんと話をした2台の大型トラックの積荷、でっかい土袋が点々と置かれていた。恐らく舗装を延ばすのだろう。目測で1kmくらいかな。ともあれ、林道入口まではきっちり25分だった。

 今回のプチ・バリエーションは、南稜コースの下半分に集中する急傾斜や崖の悪路を回避しつつ、林道歩き40~50分を短縮できるメリットはあるものの、核心部には実質、道はない。 踏み固められた一般登山道のみの方やコンパスを使わずGPSだけでお山を歩かれる方にはお薦めできないルート。でも、広葉や針葉樹の大木の居並ぶ鬱蒼とした森、しんとした下りは爽快で、鹿のピーッという人への警戒の鳴声も大きく響いて、終日一人っきり。楽しい一日でした。

秋桜  もうここで撮るのも恒例になりつつある

 

ひねもす 山歩き  ショートショート④ - ツチアケビ

 ツチアケビ(土木通)。 お山で出会う、葉緑素を持たない風変わりな植物としては、ギンリョウソウ銀竜草とともに双璧をなす植物でしょう。 本稿をお読み頂いている皆様も一度といわず、ご覧になっているのではないでしょうか。 なんでも、別名をヤマノカミノシャクジョウというらしい。してみると、その実のさまをお坊さんや修験者の持つ、頭部に鉄の小さい輪がいくつか付いていて、振るとシャンシャンと音を立てる錫杖に見立てたのでしょうか。 どうして山の神と結びつくのでしょうかねぇ。だって、山の神はたしか女性のはずで、錫杖は似合わないと思いませんか。

夏のお花。高さが1㍍近くあって、並立すると見ごたえがある (2021.8月 皿ヶ嶺

 こちらは日本固有種で、ラン科の植物ってお美しい植物が多いのですけど、これだけ草丈の高いものは珍しく、まず外観で異彩を放っていますね。 お花は、7~8月頃に開花する肉質系の柔らかい黄色で、アップで見ると名実ともに、いかにもラン科そのもの。美しいお花です。 残念ながら、女性の人気はギンリョウソウとは月とスッポン やはり、秋の実のその色彩と形状がいけないんでしょうか。

似たような形状のショウキラン(ピンク色)とは色が異なり、こちらは淡い黄色 (同)

 ギンリョウソウとは、そもそもの出自が全く違っていて、こちらはツツジ科。共通なのは、いずれも菌から栄養を貰う菌寄生植物だということらしい。 難しい用語では「菌従属栄養植物(舌かみそうですねぇ~。)というようで、ツチアケビはナラタケ属の、ギンリョウソウはベニタケ属の菌類に養って?貰っている点は異なりますが…。

ギンリョウソウ 真っ白な植物体でなかなか美しい (2021.6月 稲叢山

 しかし、夏のお花といい、秋の実といい、存在感抜群の植物という点ではどなたも異論はないのでは…。日本国中、いたるところに芽を出し、翌年、訪ねるともういないという、まさに神出鬼没の輩。 房状の大きな実は、意外に固く締まっていて、かなり重量はあると思われるのに、しっかり屹立していてその紅色がなかなか不気味。 お山でバッタリ遭遇してギョッとされた方も多いのではないでしょうか。 

 いやぁ~、くわばらくわばら、触らぬ神に祟りなし…かもしれませんね。

秋の実、周囲の緑と全くそぐわない紅色で目立つ。たしかに実はアケビに似てはいるが…。
(左:2019.9月 四国カルスト、右:2023.9月 皿ヶ嶺

 

ひねもす 山歩き ショートショート③ ― ナツエビネ

 全国の里山から山野の落葉樹林帯が生育ゾーンとなっているエビネ属は、細身の花茎をすっくと伸ばし、総状に多数のお花をつけて凛々しい立姿だ。 それになんといっても、花もちがよいし、バリエーションも多くて、その変化がなかなか楽しい。 

 でも、そのほとんどは春開花。 真夏に咲くのは熱帯性らしいけど、一応、ここは温帯(最近、怪しくなりつつあるけど…)だし。 まぁ、どこの世界にもへそ曲がり?(失礼がいるのは世の常で、お花にはお花の都合がおありなのだろう。 先月、幸運にも現物を見る機会に恵まれた。今回もお花からの一瞬のサインだった。

薄暗い広葉樹の樹蔭で、これだけ美しいお花をつけるとは…

 一見して、そのあでやかさに驚いたというのが正直なところ。 最初、真夏にこんなお花をつける植物はなんなんや、と一瞬、思ったけれど、よく見ると、葉は春にお山でいっぱいお会いした、エビネそのもの。 ははぁ、さてはこれがナツエビネさんですか。お初ですが、そういえば、図鑑も白味の薄ピンク色だったなぁと…。エビネ属全体が乱獲(さもしいなぁ…)で激減している理由も多少なりとわかる気がした。

少し近づいて、角度をずらして撮らせてもらった。花冠の数が群を抜いてる

 へそ曲がり?でも、お花は立派の一言で、多少、縦に間延び気味も13個も花冠をつけた壮観さ。これだけの数はなかなかないですよ、あなた。 その造形の妙と白から淡い桃紫色へ変化するグラデーションも相まって実にお美しい。ひっそりと樹陰に隠棲しているのはもったいない限り。いやぁ~、素直に見事、脱帽でした。 夢は、真夏の夜が定番のはずだけど、つかの間の白昼夢? よい夢を見させてもらいました。

アップにしても見ごたえがあって、さすが、ラン科である。

 

ひねもす 山歩き ショートショート② ー スズコウジュ

 このところ、お山は午後になると雷様がゴロゴロとお出ましになることが多い。 とある一日、時折、青空も覗いて今日はなんとか天気が持ちそうだと、ノコノコ出かけた。 じじいには今年の猛暑は体に堪え、耐えかねて…もある。

 原生林帯に入れば、もう雷様はあまり関係がなくなる。 なにより、平地より6、7℃は涼しいので、足元を確かめつつ、のんびり歩む。 何か所かストックしている、寛げるポイントでコーヒーブレイクしてゆったり涼む。心地よい風が渡って、キリマンを引き立ててくれた。

 若い頃のように、体力任せであくせく歩いた時代はもう過ぎ去って久しい。 味わいたいものは余裕がないとみえないし、齢が重なるにつれ、味わい方も深化してゆく。

鈴香薷 茎高約20cm ほどの華奢な多年草

 やや湿り気味の山毛欅の大木の根元、ひっそりと今年も咲いていました。 たった数㎡のミニ群落で。 日本特産種かつ1属1種という点で、かの有名?な白根葵と同じ。 ただ、北ア以北に分布の白根葵と異なり、こちらさんは関東以西で沖縄まで分布を広げていらっしゃる。

 お花の大きさや色、花茎の高さも大違いだけれど、共通なのはその気品。 白色のお花は、数々あれど、その透き輝くような純白には、思わず引き込まれてしまいそうになる。 花弁が雨露に濡れて透き通り、その変化で世のカメラマン氏をうならせるキタダケソウとも微妙に異なる。 わずか5、6ミリとほんとに小さな唇形花でありながら、それらに一歩も引けを取らない、この気位の高さ。 一服の清涼を求めに行く価値、十分な一日でした。

スズコウジュ と 同じ一属一種の名花 白根葵、濡れて花弁の透き通ったキタダケソウ