例年、お山の紅葉も終盤となる9月三連休前半は、この頃、北か南のアルプスと決めていて、前年に槍平・南岳新道から大キレット・奥穂・吊尾根・岳沢経由で上高地へ抜けた関係から、今年は残る奥穂~西穂のコースを歩くことにし、連休日程の都合上、夜行バス利用の強行軍を強いられるも、新穂高ロープウェイ・西穂から奥穂へ抜ける計画とした。
ところが である。11日(金)に乗車した夜行バス名古屋行が山陽道で追突事故。12日(土)3:00過ぎ、丸太に乗り上げたような衝撃があってそのまま停車。幸い、けがはなかった。前の車が60km/hの速度で走り、ブレーキが間に合わなかったらしい。
ここからの共同運航先Mバスの対応が凄かった。さすが東証一部上場会社のグループ企業、レベルが違う。事故現場に7:00着で代替バス手配、折り返し名古屋着9:55、当方に1名専従で高山行の乗継バスを発券カウンター内で他職員が見守る中、自ら予約システムを操作し、即、再手配。その的確さと迅速な処理、なによりバックに在る職員としての質の高さを感じ、正直、企業は人なりを実感する。10:30出発は感謝である。
けれど不運は続く。今度は東海北陸道で軽四車がガードレールに接触大破していて、その処理渋滞に巻き込まれる。先の職員の努力は半分、水の泡。今日はこういう日とあきらめる。結局、高山BC経由で新穂高ロープウェイに着いたのは15:25。最終便が出る30分前だった。
急いで、登山案内所備付けのパソコンを借りて天気図をチェック。明日、寒冷前線が長野県を通過することを確認し、計画を白出沢から同コル、奥穂経由で西穂に抜けるコースに急遽、変更。日程に余裕がなくなるけれど致し方なく、登山届を書き直して提出する。
16:00、3時間半遅れで去年同様、右俣林道をスタート。マイナスの仕事で頑張ってくれた職員のおかげで今行動できるのは幸運だったし、今日は日が暮れるまでに行けるところまで行ってツェルトビバークと決める。
17:30白出沢分岐着。小屋跡の広場に車数台。そのまま樹林帯のゆったりした一本道へ入る。雨天時には小沢になるようで緩い傾斜の比較的歩きやすい道。ビバークサイトを探しながら進むけれど、なかなか適地がない。途中、下山してくるパーティから奇異の視線を受けながら、傾斜も少し出てきた18:30、日暮れ直前でなんとか人一人横になれそうな道の曲がり角のスペースを見つけ、急いでツェルトを張る。スントの高度計は約1,800m、意外と歩いていたようだ。
入山2日目。
13日(日)6:20にビバーク地点を出発。早朝の3:00頃と6:00前に単独行者が横を通り抜けていった。10分程で重太郎橋に着く。橋といっても木を束ねて置いただけの簡易なもの。でも、これで十分。手前右側にあるブルーシート掛けの仮屋は地面が泥んこで昨日、ここまで来ても張れなかっただろう。 対岸に荷を下ろし、少し身支度をする。降ってはいないものの、風と上空はどす黒い雲で覆われ、稜線は大荒れだろうと想像する。今日は白出沢のコル、穂高岳山荘天場までしか行けないし、明日の天候の回復に賭けるしかない。
7:35鉱石沢出合を通過。すぐ先の枯沢トラバースからいよいよ急登が始まる。でも、白出沢コルまで標高差約1,000m、稜線近くの天候が少々荒れていても3時間あれば十分、11時前には着けると思うと正直、闘志は湧かない。
7:50吹き降ろしを遮ってくれる2,300mのコルで行動食休憩。昨日、西穂から奥穂に抜けたという、下山中の富山からきたという、ほぼ同年代と思しきベテラン男性3人組と話す。「前線通過中の稜線は朝から大荒れで、宿泊者は奥穂をあきらめ、ザイテングラートと白出沢の二手に分かれて下山する人ばかりだ。」とのこと。
2,500mを超えると、吹き降ろす湿ったガスの影響で視界が20m程に落ちる。雨具上下着用。岩のエッジのすり減り具合を確認しつつ、だだっ広い沢を登る。落石の懸念がまだないのが嬉しい。すれ違う下山者に聞くと「この悪天で、同山荘の助言もあって奥穂行きをあきらめ、下山中。」とのこと。申し訳ないが、当方は登るルートが明瞭になり、有難い。
9:20 2,800m地点。雨は時折でも吹き降ろしのガスと強風で5℃前後に温度が下がり、冷気が雨具を通り出したので保温着の重ね着をする。加齢で体感温度の感覚が鈍くなっており、早め早めを心掛ける。休憩中に、同山荘の従業員で名カメラマンでもあるMさんとすれ違う。さすがに風雪にもまれ、落ち着き具合と漂う貫禄が違う。
道が石畳のジグザグになったと思ったら、程なくコルだった。山荘の裏手を抜けて10:10涸沢側の一番端、展望の良いところに天場を確保して同山荘で手続きをする。1人1,000円。ついに大台に突入かと思うと感慨深い。美味しいと評判で一度味わってみたかった夕食を1,800円払って予約する。
天場でツェルトを張っているころから天候が回復方向で、ガスが走り、時折パラつくものの強風だけになってきた。16:00の気象通報も前線の通過を告げており、この分だと明日は大丈夫だろうと高を括る。
17:00夕食。50人以上はいるか、自分同様、天泊者のみの一画で喫食。バラエテイ・量も適当で確かに美味しい。去年の山行時、泊まった小屋の食事がひどすぎた反動かもしれないが、水準は超えていると納得。持参の食糧が余ってしまったが、その価値はあった。
19:30明日の晴天を祈ってシュラフに入る。いろいろあった2日間がなんとか無事に終わった。夜半、蒼天に浮かぶ天の河が美しい。気温は0℃前後まで下がり、ツェルトの天井は結露が霜状態。少し寒いので救急用のアルミ蒸着シートを使う。軽量で密封しなければ結露はなく、保温も確実なので有難いグッズだ。まぁ9月も中旬、高度を考えるとまだよい方かと思う。
入山3日目。
14日(月)4:00起床、5:40天場発。快晴、風も大したことない。奥穂へ向かう最初の鉄梯子前は既に渋滞だ。ちょっと心配したベルグラの付着はなかった。途中、ジャンダルムの飛騨側を県警ヘリが飛び回る。誰か、アクシデントがあったか。6:20奥穂ピークは登山者でごった返し。何度も踏んでいるので今日はパス、直下の道標から右へ振って、ジャンダルム方面の岩稜帯へ歩を進める。
馬の背のリッジは、両側が切れ落ちて下り勾配もきつく高度感あり。やや風もあったけれど岩がしっかりしていて、それなりに楽しかった。
この先、ロバの耳へのザレた急降下斜面の真下で単独行者が休憩中で、動いてくれるまで降りるのを待つ。ジグザグ道の下りで、石を落とさない自信はあっても油断は禁物。ここからジャンダルムの基部を飛騨側まで回り込むトラバース。この方が馬の背より高度を感じて面白かった。人一人分の幅しかない岩場だけれど、しっかりとした道だ。
7:20ザックを基部にデポして岩稜帯を3,163mのジャンダルム山頂へ登る。鉄天使の道標がお出迎え。今もあるだろうか。展望は素晴らしく、槍穂、笠をはじめ北アの主だった山々が見渡せる、時間はわずかだけれど至福の時間だ。県警ヘリはジャンダルムの信州側に落ちた登山者の救助だったらしい。4,5分で登れ、傾斜も緩い山頂までの道のいったい何処で?
7:30天狗のコルに向けて基部発、コブ尾根、畳岩尾根と小ピークを越えながら広いガレた尾根を進む。道がはっきりしないけれど何処を歩いても頂稜部を外さなければコルに着くだろうという感じの稜線漫歩、でもステップは慎重に だった。
8:20天狗のコル着。涼む。エスケープできる最後のポイント。でも、天狗沢は上から見ただけでもザレており、一目見ただけで、ちょっと使うのを躊躇するようなルートだった。
8:50天狗の頭。高度差80mを一気に上がる。登り始めの最初の足場が高く、足が届かない。年寄りには厳しい登りだ。浮石、落石の巣のようなルートでも好天、微風もあってコース自体は快適そのもの。しかし、ワンピークごとにアップダウンを繰り返し、幕営装備の8kgちょっとしか背負っていないのにその消耗が体にじわじわ効いてくる。コルから一緒になった東北の某大学山岳部5人パーテイは、前日滝谷、今日は西穂ルートと30kg近く背負っているのに同じペース。若い頃の体のネバリはもうないのは判っていても齢を実感する。
間天のコルの逆層のスラブはフリクションがよく効いて快適で、気持ちがよかった。すれ違う登山者もなく、全く問題なく通過。間ノ岳から振り返るとよくこんな場所にコース設定したものだとあきれる。先人の苦労がしのばれるルートだけれど、実態は、普通、人の入ることのない急傾斜の崩壊斜面そのもの、落石の巣である。
9:55赤岩岳ピーク着。ルンゼや脆い岩稜の通過に浮石をつかまないことや落石を注意する。ここから西穂までのアップダウンはルートのポイント、ポイントにしっかりマーキングがあって、そう難しいとは思わなかった。西穂の登りも岩稜帯の弱点を的確に拾うルートで、事故の多い場所と聞く山頂直下も無難に通過できた。 この辺りまで来ると、逆コースの登山者と多くすれ違う。一番厳しいところはもう通過していたので、落石の懸念は少なくて、この点は助かった。
10:30西穂山頂。ルート最後の2,900m峰。これで核心部はほぼ終了したことになる。笠ヶ岳の巨大な雄姿を正面に、反対側の上高地も美しい、素晴らしい展望台で、1日行動日をずらして正解だった。山頂でゆっくりして贅沢な大展望を味わわせてもらう。
少しして5人パーテイも到着。リーダーが今日は山頂に天泊しますと伝えに来てくれる。確かに1年生らしき新人1名はかなりの消耗度。昔の自分を思い出しながら、「大丈夫、石だらけの天場でも熟睡できるよ。」と独り言つ。
これで奥穂から西穂山荘までの約半分をトレース、道はぐっと歩きやすくなり、11:25西穂独標で20分の大休止。行動食を頬張る。ここから先はスニーカーの人も来る、歩きやすい道で、すれ違う人も女性がぐっと増えた。
12:20西穂山荘。プランどおり6時間で抜けることができた。小屋は、2,385mの森林限界地点に立地し、一度冬に泊まってみたいところだ。単独でも西穂直下だけは要注意だけれど往復は大丈夫だろう。連休の山荘はすごい混みようで独標でゆっくり休んだこともあって、そのまま通過する。
この山域を歩いたら下山先は上高地と決めているので、ロープウェイではなく田代橋への道に入る。途中からオオシラビソ?と笹の樹間の道となり、程良い明るさの中に涼風が通って、すこぶる気持ちがよい。されど上高地まで約900mの標高差を下る、長い行程。そろそろ脚に疲労が出始めた14:05、西穂高登山口に着いた。あとは田代橋を渡って上高地BCから高山までの移動のみだ。今晩の飛騨牛を楽しみにバスに乗り込んだ。
(あとがき)
北ア・無雪期トレースで最後まで残っていた奥穂周辺領域がやっと終了した。お山の質とお花がない点は相違するものの、大好きな南ア・悪沢岳から聖岳に至る山域に匹敵する良いコースだった。
奥穂山頂から西穂山荘まで約6時間は、一歩誤るとすぐ行動不能になる危険と常に隣り合わせ、緊張の連続の行程だったけれど、ザイルを使わずフリーで歩ける限界に近い、素晴らしいコースだった。他の登山者に怪我等をさせないよう、落石防止や行動にもかなり気を使った。同レベルに近いと思った、後立山連峰の不帰の瞼と剣岳のカニのタテバイ、ヨコバイも、ともに緊張を強いられる時間は短く、このルートとは比較にならないかなぁと思う。
約半年間に及んだ体力トレーニング、コース調査や軽量化の徹底、自分で考えられる山行準備として事前にできることは必ず行うことを心掛た。想定重量を10kgまでとし、それを3日間背負って、一日10時間は歩ける自信を付けてからのアプローチだった。
お山以外のところで、想定外のアクシデントに遭遇したけれど、的確なサポートを頂いたMバスの方々やメインの日に好天に恵まれる幸運もあり、体力的な衰えの目立つ、還暦越えて久しい年寄りが、3日間を無事に過ごさせてもらったことに感謝して筆を置く。
(注)ツェルトの活用について
本山行は、軽量化のためツェルトを使用し、白出沢手前の樹林帯でのビバーク、穂高岳山荘天場で設営した。標高三千mを超える場所は本来、不適当な場所で、天候の回復具合によっては、山荘宿泊の線も最後まで持っていたけれど、予報を前提に設営できた。
横風に弱いツェルトは風雨を避けやすい森林限界以下での使用が望ましく、横尾や徳澤の天場でも、上高地本来の驟雨のような降雨にあえば、全く通用しないことに留意してほしい。