1年前(2021.4.17)、「皿ヶ嶺-冬春夏秋」と題して、このお山(以下、愛着を込めて「お皿」という。)の四季のあらましを紹介させて頂いた。お四国の花の名山となれば、どうしてもお花中心にならざるを得なかったけれど、実はそれ以外にも興味のあるものはあって、いずれある程度蓄積出来たら、こちらも書いてみるつもりだった。されど、新コロナや故障等もあってなかなか思い通りには。車で30分も走ればすぐ登り始められる所にいるにも関わらず…である。
でとりあえず、現時点で書けそうな類について、前回ベースにした「愛媛の山と渓谷 中予編」(1973(昭和48)年発行、愛媛文化双書16・以下、「中予編」という。)を準用させてもらいながら、まとめてみた。著者の愛媛大学山岳会 山内 浩会長(当時)が「皿ヶ嶺は松山付近では登山者が最も多い山であるが、山岳宗教の山ではないので、よく人が登るようになったのは最近のことである。」と述べられているとおり、修験道の類はほぼないと思われる。しかしながら、昔から地元上林地区の住民が崇めてきた神仏はいまも守られ、久万との交易路であった古の道もしっかりと残っている。
この3月、3回に分けて鉄塔№156下(以下、「鉄塔下」という。)を起点に歩き廻ってきた。思いきりローカルなお話で恐縮ではあるが、お付き合い頂ければ有難い。
1 コースA 鉄塔下→瞽女石→稜線→面白嶽→堀越池(通称、「秘密の池」)→鉄塔下
鉄塔下から赤柴峠へ直接登るルートの方が近いけれど、標高570m付近にある瞽女石に寄るため、瞽女石水の元コース(東温アルプスガイド/東温市観光物産協会発行による。)に入る。瞽女石は、登山道脇にある岩塊ですぐにそれと判る。そのいわれは諸説紛々、同石脇の由来書(上林・法蓮寺前住職 故前園俊暁氏筆)には、平家残党多田蔵人の妻女ソノ、夫を慕いて此処に至り、泣き暮らして盲目となり遂に泣き死に石に化した(伊予温古録)という説や上林峠を越す瞽女が集落で行き暮れ、一夜の宿も断られて仕方なく峠越えを試みたけれど、飢えと寒さで行き倒れ亡くなって石になったという説などがある。 ここはいつ来ても綺麗に掃き清められている。
ここからは、稜線を経て面白嶽巻道を下り、林道に入る。引地山三角点(三等三角点 東明神1,026.75m)から降りて来た引地山登山口に合流し、林道引地山線を北へ歩く。20分程行くと、Y○M○Pなどで「秘密の池」と呼ばれている堀越池だ。
別にどうということはない堤高8.7m、堤頂長62.0m、総貯水量7.2千㎥程の小さな池だけれど、堤頂から湖面に映り込む樹々の眺めが素晴らしい。冬は凍結して真っ白になる(らしい)し、秋は紅葉が湖面に映えて美しいだろう。すぐそばに、窪野地区の人々が祀った「堀越社」もあって、ゆったり落ち着ける場所だ。
訪れた際は、河鵜が一羽、降りたそうに空を舞っていたが、丁度昼食中で、そのうち諦めたのか飛び去ってしまった。あとは同林道をトコトコ下り、鉄塔№152(ここの山桜も春は綺麗だろう。)から巡視路を辿って赤柴峠に至る登山道に出、鉄塔下に戻った。
2 コースB 鉄塔下→瞽女石→八畳敷(天狗の庭)→不入社→上林峠→風穴→鉄塔下
水の元から北東に入ると、八畳敷(天狗の庭)に出る直前に巨岩が二つ、植林帯に並んでいる。たぶん、これが八畳岩といわれている岩だろう。確かにでかい。
その先で登山道を北に外れ、2~30m程、植林帯を下るとぽっかりと100㎡ほどの平地があって、やや山側寄りに不入社(奥宮)が鎮座している。お社はトタン板の囲いで風雨から守られ地元の心意気が伝わってくる。少し離れて杉の巨木がどっしりと立ち、いかにもご神域という雰囲気だ。 (注1)
中予編では次のように記載されている。『林道から離れて急な赤土の崖を登ると、やっと旧街道らしくなり、上林峠までは横がけの一本道である。しばらく緩傾斜の道を辿ると、上ヶ成山国有林の名にふさわしい急崖下の転石の堆積でできた平坦地に出る。道の奥に「八畳岩」の巨岩があり、登山道の少し下に「不入社」の小祠がある。今は周辺は伐採されて見る影もないが、昔は入らずの名にふさわしい密林で、旱魃の時には上林の人たちが雨乞いのお祭りをしたそうである。』
八畳敷(天狗の庭)から林道をまたいで峠に至る登山道は、今では貴重なお皿北面の原始林だ。中予編にも『故北川淳一郎氏はこの辺りの景観を次のように述べている。「主として広葉喬木で、ところどころ樅、栂などが交じっている。新緑の頃、真夏の頃、紅葉の頃、いつこの林の中を歩いていても気持ちがよい。こういう経験は松山付近では高縄山頂付近とここよりほかにはない。原始林の味を知らない人にとっては、一番たやすく得られる場所である。」』と書かれていて、今もどの季節に歩いても誠に心地よい。特に春はイチリンソウやヤマブキソウなどが競うように咲き桃源郷といっても良いところだ。
峠の少し手前で路は小沢を二か所横切る。この間の路脇に馬頭観音を祀る苔むした祠がある。この場所で荷馬が倒れたのかもしれない。丁寧に石囲いされ、往古には多くの人馬が行き交った昔の街道を偲ばせる。
ただ、このルートは先の台風や大雨で路が崩れ、落石の危険もあって現在は通行止めになっている。通行は自己責任になるので注意が必要だ。
登り着いた峠は見晴らしがよく、集落を一望できる。すぐ先の法華経を収めたといわれる法華塔とお地蔵様まで足を延ばす。峠越えの人々の安全を祈願して建てられたと聞いているけれど、場違いなほど大きい。さすが久万との交易の要衝、これだけのものを建てるだけの価値があったのだろう。
3 コースC 鉄塔下→禅師さん→白糸の滝上部→八畳敷(天狗の庭)→上林峠→白糸尾根→禅師さん→鉄塔下 (注2)
鉄塔下から湧水部落の田畑最上部、広域基幹林道上林河之内線のヘアピンカーブに入る「不入口(いらずぐち)」に独立標高点531mがある。ここから東に四等三角点 鳥越(709.31m)に向かって一本の路が2.5万地形図に記されている。実際に歩いてみると、最近、択伐が行われたらしく、木材搬出道でズタズタになっていて、仕方なくそこを歩くしかなかった。小一時間弱で稜線を越える。
乗っ越したその先の、トタン屋根で覆われた庵の中にお地蔵さまがいらっしゃった。中予編には「地元では禅師さんと呼んでいる。」と記されている。いゃ~、優しいお顔だ。それにぐっと細身でなで肩のすらっとしたお姿。上林峠のどっしりしたお地蔵様と全くの好対照だ。このけた違いなスリムさはいい。
ここから白糸の滝(高さ約30m)の落口に出るため、3~40m程小沢を下る。伐採木枝だらけで難渋した。沢に降りて100mも下らないうちに落口だ。市内が一望で展望の良さに驚いたけれど、滝の下にいた学生らしい数人も驚いたようで、呆然とこちらを見上げていた。ちょっと悪いことをしたかなと反省。
沢を詰めて八畳敷を目指す。すぐ先の二股で左沢に入る。どうといって難所のない沢で一ヶ所、滑滝を高巻きした以外はすんなりと小1時間程で標高800m付近に着いた。小休止の後、尾根に取り付き、獣道を使って稜線を登る。やがて岩塊斜面になり、踏み抜きに注意しつつ峠への登山道にじんわりと出た。この間は明るい原生林でとても快適な登りだった。ここから陣ヶ森手前の白糸尾根の分岐まではすぐで、分岐で行動食を摂る。
白糸尾根は、最初の100m程笹の刈払いがあるが、その後はかぶさる笹を払いながら下る。道はまぁ明瞭だ。標高880~860mくらいまで下るともう一つのハイライト、栂の巨木群が現れる。特に巨木⓶は一種怪異な株立ちで幹周6.65m、樹高25m(巨樹|樹の国・日本HPより)とでっかい。別名:嶺守の栂ともいわれ、木ではない感じがしていつも圧倒される。
標高800m地点で路は右の尾根にシフトする。真直ぐ進むと注意喚起のプレートにある通り、白糸の滝落口に出て危険なためだ。が、今回はあえて直進してみた。禅師さんに戻る周回ルートが可能かどうか、検証する目的で。東南に延びる微かな踏跡は使わず、獣道を真直ぐ下る。腰まで笹が来る疎林帯で、案の定すぐに踏跡はなくなった。標高差50mくらい下ってから気持ち左に振る。禅師さんに至る最短距離に出るためだ。沢まで標高差は150m弱だけれど、見通しは悪いし平均斜度も40度近く、上から覗くと垂直に近い。岩壁を慎重に巻き、石を落さないようステップに神経を使い、笹を掴みながら漕ぎ下る。40分程で沢に降り立った。途中、大ブナの倒木にマンネンタケが一本。山歩きは長いが、初めて生えている現物を見た。
結論からいうと、周回ルートの構築は無理筋だった。けれど、禅師さんへの小沢の正面に出れたので、あとはもう一度お会いして鉄塔下まで戻るだけ。暑くて汗だくになった一日が終わった。
(注1) 不入社(本社)は、鉄塔№156の向いにあり、祭礼は現在はこちらで行われている。宮司さんのお話では、1993年頃本社の建て直しを行ったとのことで、現在地に下りてこられたのはかなり昔のことらしい。
(注2) コースCの核心部にルートはない。特に白糸尾根から白糸の滝の間は厳しい下りで、足元が悪く傾斜も急、岩壁や落石の恐れもあって、ブッシュ歩きの豊富な経験のない方には危険。不用意に入らないでほしい。