夏、瓶ヶ森 古の鎖道を行く

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ガス走る氷見二千石原

 瓶ヶ森女山/二等三角点 亀ヶ森/1,896.22m)は、隆起準平原の名残といわれる、広さ約50~70ha(推測)の広大な笹原が特徴のお山だ。その笹原は、広さが麓にあたる伊予国氷見村(現在の西条市の石高2,000石に相当するとして、氷見二千石原(ひみにせんごくばら)と呼ばれている。                                                 ここは、男性的な山容の石鎚山とよく対比され、たおやかな山容に加えて、お花類も豊富な山上の別天地。いわば雲上の楽園だ。 

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瓶ヶ森・主要部分の拡大図(縮尺:5000分の1)

 実は、山頂へ向かう中途の、避難小屋まであと5,6分のところに立っている道標が、以前から気になっていた。何故って、女山から男山に至る稜線の方向に向いている道標はまれで、しかも「鎖道経由男山」と記されているからだ。そして道標の先には、かすかに道らしきものが…。

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瓶ヶ森避難小屋への道中途にある道標。前々から気になっていた。

 二万五千分の一地形図を確認すると、この道標から尾根道のある稜線に向かって、ほぼ一直線の登山道が載っているけれど、現実にはない。過去、あったのかもしれないが、旺盛な笹の成長圧力の前に消滅した可能性も否定できない。

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避難小屋手前にあった、ナンゴククガイソウ。あと少しで満開だ。

  当初、予定していた山行が悪天と雷様に遠慮もして中止になり、幸いなことに、この二点を確認する時間を取ることができた。 瓶ヶ森林道を走って、下駐車場に車を置き、のこのこ氷見二千石原を横断する。降ってはないものの雲は低く、ガスも走って視界はあまりよくない。でもまぁ、初夏7月のカンカン照りは避けられるので、贅沢は言えないと思う。 8:50、例の道標に着いて一服。 以前、すぐ先の路傍の岩に紙コップの水と紙皿の白団子がお供えされているのを見つけ、修験道に関係する場所なのかと思ったのを思い出した。そのすぐ近くだったとは。 

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お供え物が置かれていた岩。登山道のすぐ脇だ。

 昨晩降ったらしい雨でまだ乾ききっていない笹原を行くので、雨スパッツと雨具下を履く。9:00出発。笹の間に足を入れればかすかに道が…という、踏分道に踏み込んだけれど、案の定、2分も進むと消えてしまった。周囲のダケカンバの灌木帯を抜けてくる風は涼しく気持ちが良い。けど、ルートらしきものの痕跡は全くない。

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道標の示す、鎖場経由男山への入口。かすかに道らしきものが…。

 予想通りとはいえ、仕方なく、ほぼ正面に見える大きな灌木交じりの大岩を目標に定め、腰から胸辺りまである笹原の斜面を登る。傾斜は緩くあまり苦しくはないが、足元が悪い。笹の間に岩や枯木・倒木の類、小沢の源流が隠れ、波打って平坦でもない。でも、ブッシュ歩きではよくあることなので、一歩一歩慎重に足を運ぶ。 

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ガスで霞む、これから行く道なき道 と だいぶん近づいてきた大岩(右側)

 道標から稜線まで標高差120m程、大した登りではないので、気は楽だ。 30分程で灌木に覆われた大岩の下に着く。思ったより大きく、満天星やミツバツツジが群生している。

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灌木の生い茂る大岩。近くで見るとかなりの迫力だが、鎖はない。

 周辺を見定めて左へ巻くことにする。右側は笹原で障害物はないが、多分、目的の鎖場は見つからないだろう。 灌木帯を身をよじりながらくぐり抜け、胸までの笹をこぐ。風が止まって蒸し暑く、汗が滴った。すぐ奥により規模の大きい一群の大岩群が現れた。高さはないが、年数を経た木々が生い茂っている。「ここ、くさいな。」と思いつつ、近づいてゆくと果たしてありました。巻いた大岩から20分弱、標高は1,815m付近と思われる場所。 

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鎖場全景。灌木群の中にひっそりとあった。訪れる修験者等の痕跡はなかった。
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鎖場近景。鎖末端の大きな輪っかは土に埋まっていた。右は掘り起こした後。
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鎖場に向かって左側の大岩 と 右側の大岩。いずれも圧倒される大きさだ。

 左右に大岩を抱えた、一枚岩の真ん中にV字状の溝があり、それに沿って2本の鎖。長さは、中央にある長い方が10m程、赤茶色に錆びているものの、石鎚山弥山の鎖と同じ品だ。すぐ右にある、短い方は6mくらいだろうか。ただ、こっちの方が古そうだ。鎖の輪っかが小さく、石鎚神社で手すりに再利用している旧品の鎖と同じものではないかと思った。固定のために岩や木に巻き付けられている部分を含めると、全長は視認できる部分の倍はあるだろう。

 どちらも、末端に鎖を登る前に必ず一度地面に落として鳴らす、大きい輪っかが付けられている。弥山のものと共通であることは明らかだ。 

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鎖場上部の詳細。左の大岩が圧し掛かるようにかぶっている。

 しかし、ほとんど登られた形跡はなかった。ともに赤さびて、長い鎖の末端の大きな輪っかはほぼ土に埋まり、その上を木の根が覆っていた(当然、掘り起こして置きましたが…。)

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掘り起こした鎖末端の輪っかのすぐ横で頑張って咲いているアオテンナンショウ。

 この短い鎖場に何故2本の鎖があるのか、疑問だったけれど、いざ登ってみて納得。 鎖のあるチムニー状の溝は、どうやら水の通り道になっているらしく、常に濡れていてヌルヌル、苔も付いている。最初、右側の短い鎖だけだったものの、後から長い方の鎖が取り付けられたのではないだろうか。

 事実、登っていてどうしても両方の鎖を持たないと越えられない箇所があった。ステップが小さすぎて靴先がかからないうえに、滑って踏ん張りがきかず、腕力で乗り切るしかなかった。

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鎖場を登り切って、上から全体を望む。結構、傾斜はある。

 登り切って周囲を確認すると、長い鎖は、下から見て右手の岩に巻き付けて固定。短い鎖はミツバツツジの根元に巻き付けられていた。いずれも半分は土に埋まり、全容の確認はできなかった。

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長い方の鎖を固定している岩 その1
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長い方の鎖を固定している岩 その2
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短い方の鎖は、灌木の根元に固定している。

 紅や白満天星とミツバツツジが茂り、ウラジロモミの針葉樹の一群が囲む、こんもりとした小さな森。周囲から岩場は全く見えない。これではわからない訳だわと納得がいった。

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気分がちょっと和んだ紅白の満天星。ちょうど満開だった。

 鎖場から男山の道場に至る登山道まで笹ブッシュをこいでもすぐだった。 以前に男山から下った際に、ちょっとした踏分道らしき入口のようなものがあり、マークしていた場所にズバリ出た。 

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これから男山へのブッシュ漕ぎだ。右はブッシュを抜け、登山道のマークした場所に出たところ。

 男山で行動食休憩を取った後、少し女山の方向に稜線を進んで、例の道標に下るルートがあるかどうか、GPSで現在地を確認しながら、試しに下ってみることにした。

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男山の祠 と 例の道標への地形図上の道があるべきところ。ここから下降した。

 結論から言うと、これは全くの無駄足だった。まず、経験者なら直感的にわかる、稜線道からの降りるポイントが見当たらない。GPSと地図を突合しつつ、斜面をしばらく下ってみたが、道のかけらもなかった。足場の悪い、腰まである笹の下りだけだ。

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下降中途の岩塊群 と すぐ先にあったコメツツジの大株。2株ともにでっかい。

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例の道標への下降中途からの眺め。右端の赤い立枯ウラジロモミを目標にした。

 ルート探索をあきらめ、避難小屋への道のすぐ上にあって、よく目立つ立枯れのウラジロモミを目標にまっすぐ下った。11:20、例の道標に戻る。雨具下はぐっしょりだったけれど、無事、降りることができた。

  雨予報だったけれど、一度、パラッと来ただけで、結局降らず、ガスの合間から青空ものぞいて、天気には恵まれたといっていいだろう。有難いことだと思いつつ、積年の疑問が解消できて、すっきりした気分で駐車場まで一気に下った。

 

(追補)

今回もショートショートになったので、別の日に撮った瓶ヶ森のお花類等を追加することにした。

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まだお花が残っていた大山蓮華 と 咲き始めたタカネオトギリ

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この時期、至るところに咲いている、ナガバノキソチドリ
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一輪だけ見つけた可愛いイヨフウロ と 男山をバックに満開のバイケイソウ
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地味なお花同士。ホソバシュロソウともうすぐ開花のノギラン
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黄色いお花のコツクバネウツギ と 開花間近かのシモツケの蕾。いずれも花木だ。

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お昼寝してた、小屋住みの青大将。そそくさと居なくなってしまった。
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岩の割れ目に咲いていたイワキンバイ と 風に揺れるイブキトラノオ
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ミヤマモミジイチゴの小さなお花と白いノリウツギ、目立たないヤマシグレ。