9月30日(水) 天気:快晴
4:00起床、まだお星さまが天空に残り、天場も静かだ。手早く朝食を摂って中を整理し、ツェルトを畳む。霜も降りず、乾いていて有難い限りだ。現役時代と違って、1時間以内に整えて出発なんてきまりもなく、最近は結構、「ぐうたら」になってる。見晴が明け染むる5:30を待って燧小屋に天場標識を返却し、針路を北に、赤田代・温泉小屋方面に取った。
早暁の下田代は、朝霧が立ち込め、朝日がその中に差してくると、美しい紅色に染まる。今日はやや薄曇で、期待していた絶景はもうひとつだったけれど、それでも十分だった。右手に燧ヶ岳が黒々と稜線を浮かび上がらせていて、人っ子一人いない木道はひっそりとして、良い雰囲気だ。
15分程で東電小屋分岐。前回と違って今日は快晴だ。正面に松嵓高山の稜線を眺めながら、朝霧の即興詩をカメラに収めつつ歩む。
赤ナグレ沢を渡り、小じんまりとした赤田代沿いに進んで、7:00前瀟洒なつくりの温泉小屋に着いた。木道まで温泉の湯けむりが流れて来て、なかなか風情のある場所だ。
すぐ先の分岐から三条ノ滝への道、段吉新道に入る。ボロボロの木道から木の階段や火山岩むき出しの悪路に変わって、クロベが生い茂る樹林帯の中を一気に高度を落してゆく。
平滑ノ滝は、もう少し岸辺に寄れるかと思っていたけれど、降りるルートはなく、滑るとやばそうな大岩の上から見下ろすほかなかった。岩盤の上を滑らかに水が流れてゆき、じっと見ていると吸い込まれそうな感じのスケールの大きい滝だった。
ここから少し登って、1,341mピークを横切る。左手にドウドウと流れる只見川の川音を聞きながら、大橇沢を越えると三条ノ滝分岐、7:40だった。ザックをデポし、カメラ片手に展望台を目指す。第一テラスへ降りる木製の階段はかなりの急こう配で、鎖がつけられ、10~5月は通行止めらしい。
丁度、朝日が当たる逆光で、ちょっと撮影に苦労する。滝の音とこの時期でも水量は多く、これだけ離れていても圧倒される立派な滝だ。
滝の名前の由来は、環境省の案内板では、三千条(約100m)の滝説と渇水時には滝が三条に分かれる説の両論併記だった。 尾瀬ヶ原のすぐ横で、こんな個性豊かな二つの滝にまみえることができて、はるばる来てよかったと思った。
8:10ザックデポ地点に戻り、うさぎ田代への標高差150mの樹林帯の急登を頑張る。道はお世辞にも良いとは言えない。30分頑張って小沢平への分岐に到着。通行止めの道を乗り越えて登ってきたという、中年ご夫婦と話す。「何故、keep outなのか、わからない。」というので、「増水時にはルート上の沢の渡渉ができず、数日前まで結構降っていたせいではないか。」と答えておく。
8:50いよいよ裏燧林道に入る。御池まで緩い登り気味のトラバースだ。後半は草紅葉の湿原を縫って行く、今日のハイライトだ。
クロベ主体の針葉樹と楓類主体の広葉樹の混交林帯を、古びた木道に沿って、個性的なクロベや茸類、時折現れる紅葉も堪能しながら歩む。
日差しが差し込んで明るく、風こそないが、快適な縦走路だ。30分程でシボ沢に架かる裏燧橋に着いた。しっかり造られたつり橋を渡り切って大休止。先の平ヶ岳行で巻頭を飾った写真を橋の上から遠望しながら撮る。ほんの二日前なのに、あぁ、あの稜線歩いたなぁとえらく懐かしかった。
裏燧橋を過ぎるとしばらく登りが続く。風景は変わらず、あまり登っているという感覚もない。これまで数人しかすれ違っておらず、ほとんど人が歩かないルートなんだと思う。新コロナのこのご時世には格好のルートで、大変ありがたいけれど…。10:25今日の最高点1,620mの横田代を通過。無風の池塘に映る前衛峰が美しい。
すぐに入深沢をわたり、めっぽう広い上田代に出る。天気はいいし、風もなくポカポカ。お昼を摂ってお腹もくちたし、中央のベンチに寝っ転がって、しばしお昼寝の大休止と決め込む。 が、10分程で木道を歩くドタドタ音に目が覚めた。無粋な奴めと思いつつ、身勝手を胸のうちに飲み込んだ。
トラバース終盤、姫田代を過ぎて御池田代へ入る直前に、鹿よけネットが道を遮るように張られていて、潜り抜ける。ここ尾瀬でも鹿の獣害対策を取らざるを得ないようで、何処も大変なんだと改めて実感する。
11:20御池の大駐車場を横切る。関東一円はおろか、果ては九州ナンバーの軽四も。尾瀬の集客力は凄いなと思いつつ、一日の駐車料金千円には少し心が曇る気分。環境保全活動に資するという前提なら… かな。
御池で山の駅に立寄り、御池古道の案内ペーパーを頂く。古道の入口を尋ねるとわざわざ場所を案内して頂いた。2年前に泊まった御池ロッジの裏口(=ロッジ食堂から眺める借景のすぐ下)を斜めに横切って、木道が敷かれていた。一介の老登山者に過ぎない者に丁寧な対応をして頂き、この場をお借りして厚く御礼申し上げる。
11:40 距離4.3km、標高差466mを2時間かけて下る、古道歩きのスタート。最初、スモウトリ田代へ大きく下り、そのあとは平坦に見える緩い下り。木漏れ日の中、山毛欅の樹間をぬう道を落葉をサクサクと踏みしめながら進む。山毛欅が覆いかぶさってくるような迫力だ。
15分程で二番目の湿原、小沼田代。木製デッキの設置場所を変えたらしく、元の場所が泥炭のまま。珍しい眺めだ。道は右手にモーカケ沢、すぐ左を灌木帯越しに車道が走るルートに変化、ちらほら小灌木の紅葉もあって、なかなか楽しい道のりだ。
ウサギ田代への途中、道にクヌギの枝が乱雑に折り捨てられているのを発見。まだ新しい。母熊が子熊にドングリを食べさせるために枝を折ったのではないかと推測。ブナ平という名前からも熊の恰好の生息地なのだろう。
12時半少し前に一度車道へ出た。すぐモーカケノ滝展望台への下りに入る。急に道が狭くなり、勾配もきつく、走り出しそう。老母・娘に犬一匹の3人連れ?が登ってきてびっくり。このコースで初めて人にあった。
20分程で展望台。綺麗なデッキなのだが、肝心の滝が200m弱は離れていて、遠すぎるうえに松の枝が邪魔をして、展望はよくない。なるほど人の気配がないはずやと思う。
松の大木に囲まれたデッキにお別れし、急傾斜のジグザグ道を一気に降りてゆく。樹相は、山毛欅と広葉樹の混交林に変化、でも明るい踏分道で快適さは変わらない。これは紅葉真っ盛りの頃は凄いだろうなと、期待がちょっと頭をかすめた。
下りきって、ナル(平坦地)に出たなと思ったら、道の右手の笹と落葉の間に何やら薄黄色い塊りが…。近づいてみたら、なんと舞茸だった。株としては小さいけれど、驚きました。どこでも生えるとはいえ、ここでお会いするとは…。豊かなんですねぇと呟きながら、カメラに収めるだけにして、13:00、モーカケ沢橋を渡ったところで大休止、もう七入は目と鼻の先だ。沢水で顔を洗ってさっぱりする。
七入到着は、13:20だった。道が切り開きになり、「尾瀬自然観察の森遊歩道」の道標があって、すぐに御池と檜枝岐の分岐に着いた。案内ペーパーは、「いにしえの道 御池古道」とあったけれど、勾配が緩くてよく工夫された歩き易い道で、やはり生活の道だったのだろう。
山毛欅やクヌギの大木の生えそろう、ほぼ原生林の割に開放的で、目と鼻の先を車道が通っているのに不思議と落ち着いて歩ける。気持ちがよくて、楽しかった。紅葉はまだはしりだったけれど、尾瀬行のラストに選んでやはり正解だったと思いつつ、檜枝岐に向かって車のハンドルを切った。