赤石山系・峨蔵越から赤星山へ ― 皿ガ嶺赤柴峠からのトレースを延長できた、日帰りトレッキング

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快晴の中、二ツ岳方面の稜線を眺めつつ、峨蔵越を目指す。

 GW中というに、新コロナで県外山行はままならず、極力人に会わないルートも求められる中、県内のお山でもマイナー中のマイナーの選択で、峨蔵越から赤星山(標高1,453.2m、以下同じ。)までトレースを延ばすことにする。

 コースは、旧土居町浦山・県道131号線中途にある中の川登山口から入山、峨蔵越から笹ブッシュをこいで小箱越経由で赤星山まで主稜線を歩き、送電鉄塔巡視路を軸に中の川へ戻る、やや長丁場の15kmの周回ルートである。赤星山は3回目になるけれど、そこ以外で人に会う確率は恐らくゼロでしょう。 

 通称「下の登山口」というらしい、中の川登山口(約460m)に車をデポし、7時半前に出発。「上の登山口」という、県道との合流点まで浦山川に沿って、植林帯の中を進む。倒木や一部で道が崩れ、人が歩いていないのが明らかな、でもどことなくその匂いを感じる、静謐な道を楽しむ。1時間程で道路工事現場に出、作業員さんに上の登山口(約850m)を聞く。今日はスマホにダウンロード済の某社アプリのGPSが不調で、すぐに遮断してしまう。 

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古い案内の道標と中の川(下の)登山口

 上の登山口からいくらも登らないうちに、鉱山(敬天)の滝の滝見台に着く。ほぼ一直線に流れ落ち、アケボノツツジや手前のミツバツツジが彩を添えて、なかなか見ごたえがあった。予定外の行動食休憩を取る。

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鉱山(敬天)の滝

 この先から手入れの行き届いた植林帯が続き、造林小屋跡のある小沢で水を補給後、急登をこなすとあっけなく9:20峨蔵越(1,266m)に着いてしまった。西に進めば、鯛の頭を経て懐かしい二ツ岳(1,647.3m)だ。 

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峨蔵越 二ツ岳への道と赤星山への道が交差する。

 東に目を転じて、ちょっと驚いた。以前は我物顔に繁っていた笹がすっかり枯れ果てているのだ。ブッシュ覚悟で来た身には、楽でも気が抜けること夥しい。これだけの広範囲で枯れるのは、やはり鹿の被害だろうか。剣山系の惨状を思い出し、もうここまで来ているのかと暗澹たる気持ちになった。

  ここからは、稜線通しで1,307m三角点、1,340mピークを越え、旧別子から旧土居へ抜ける峠、小箱越を目指す。人一人が通れるくらいのやや足場の悪い踏分道も、多少のアップダウンはあっても笹がないとどうということはない。途中から、コナラやブナ混じりの明るい樹林帯になり、朽ちかけた道標に導かれて、下草のない少し不明瞭な枯葉道を右に振り、ちょっと下ったなと思ったら小箱越だった。道標も何もない、やっと峠とわかるレベルでも、幅員は2mはあって、歴史を感じさせる雰囲気の場所だ。 

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朽ちかけた羽根鶴山への道標と途中の広い道。小箱越に道標はない。

 実は、1,307m三角点から北東に100m弱も進めば赤星山への最短ルートになる。わざわざ1,340mピークを越えて遠回りして小箱越まで来たのは、その先にある羽根鶴山(ハネズル山・1,299m)という、ゆかしい山名にひかれたからだ。

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可憐なシコクスミレ?と途中のCB造の廃屋、猪のヌタ場

 二重山稜の緩いアップダウンの疎林を進み、10:20二本のブナのある、ひっそりとした山頂に着く。妙に落ち着く場所で、ほぼ真北に赤星山が遠くどっしりと大きい。少し先の三角点(1,282.1m)まで往復する。 

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羽根鶴山最高点と近くの大きなブナの木

 10:40小箱越に戻り、2本あるルートのうち、稜線を歩くルートの方を選ぶ。幅員は2m以上と広く、最盛期は牛馬が荷車を引いたのだろうか。使われなくなって久しいはずでも、十分にその面影が偲べる、歩きやすい道だ。

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小箱越から稜線への広い道と倒れかけの道標

 しばらくして稜線に乗ると、小箱越からの下の巻道と合流する出合までは、1,222mピークを含め、4つの小ピークを越えるアップダウンの激しい道となった。笹はほとんどなく、踏分道でも道は明瞭で、赤星山がぐっと近くなった。 

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途中にあった、住友・井桁マークを彫った石。誰が何の目的でここに???

 出合で小箱越からの道と別れ、東に振って1,157.4m三角点まで急登を登り切ると、また小ピークを越えてゆく緩い登りに道は変化した。この間、送電鉄塔や巡視路と思われる広い林道と杣道を通過する。

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杣道。送電線巡視路である。

 12:40、もう赤星山は目と鼻の先なので、1,350m地点で大休止する。この辺りから道は不明瞭となり、スマホのGPSは相変わらず使い物にならないので、地図と現場感覚でルートをサーチしつつ、山頂を目指す。高みを目指せば、そう大きくは狂わない。 

 山頂直下の低灌木帯で通過に少し難渋したけれど、13:00広く開けた赤星山に着く。好天にカタクリの花も咲いて、見晴らしの良い山頂だ。西にどんとおっきい二ツ岳の稜線を愛でつつ、のんびり昼食を取っていると野田登山口から単独行のおじさんが登ってきた。今日初めて会う登山者だ。途中にまだ少し雪が残っていたよと嬉しそうだった。

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新居浜・大島方面と山頂標識、遠く二ツ岳を望む

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双耳峰の二ツ岳とイワカガミ岳。その右はドームの形をしたエビラ山
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山頂に咲いていたカタクリの花

 14:00に山頂を出発。巡視の杣道目指して引き返す。途中でポケットに入れた地図を紛失したが、北東に延びる尾根を外さなければよいので、多少ずれても気にせずに下る。

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下山中に見つけたサワハコベ。お花がテバコマンテマそっくり。

 15分程で杣道に合流して北西の方向へ振る。が、なかなか西尾根への杣道が現れず、14:55、植林伐採跡の広い谷筋(1,080m地点)に出た。下るべき西尾根から杣道が離れつつあるのに気付いてはいたが、どうやらこの道は上下2本ある送電線の上の方、別の尾根に行くらしい。

  目的の西尾根は、968mと732mの二つのピークがあって、下の方の送電線の方向でないといけない。工業地帯の東予地方の山は送電線が多く、巡視路も輻輳していて間違えやすい。ルートを歩くだけの山歩きばかりしていると注意力と想像力を失ってこうなる。

 小休止して頭の中の地図と現場地形を眺め、下りながら左トラバースして西尾根に乗ることにする。多分、獣道があるだろうし、天気はいいし、どうってことはないよねと、すぐ横に咲いていた山シャクヤクに独り言つ。

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清楚な山シャクヤクの花。気持ちが和む。

  鹿か猪?の獣道のお世話になって、40分程で732mピークの送電鉄塔に着く。ほぼ勘に頼って尾根を下っていると、色褪せたテーピングがポツポツ、妙に目に入るものの、人がもう歩いていないのは明白だった。16:10沢沿いに走る小箱越からの道に再び合流。植林帯の古い石垣に沿って、倒木や一部崩壊もある道を進み、県道(約380m地点)に出て16:50車デポした下の登山口に戻った。

 マイナーコースだし、ある程度覚悟していたけれど、最初と最後はもう廃道同然で、蜘蛛の巣にも参った。でも、読図と現場地形を重ねつつ、今いる場所を頭で常にチェックさえしていれば、GPSがアウトでも別に大丈夫だなと、再認識したお山だった。

 

4月、堂ヶ森は名残の雪 ― 保井野ルートで二か月遅れの忘れ雪を楽しむ

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山頂より左から西ノ冠岳、石鎚山、鞍瀬ノ頭を望む

 4月に入って、いよいよ春本番。トレランコースにしている花のお山・皿ヶ嶺(1,278m)もシコクカッコソウの今年の初花が咲いたというに、なんの気まぐれか、中旬に大雪。南岸低気圧の通過に伴う寒気流入で、暖国お四国でもお山は一面、銀世界。

 今冬は数少ない積雪時に限って雑用で、行きそびれていたけれどこれぞ千載一遇のチャンス。雪が落ち着くまでの一日を待ちかねて、鞍瀬渓谷・保井野集落を目指して車を走らせる。 

 6:50気温4℃の中、大昔、バス待合所だったらしい?廃屋下の駐車場を出発する。数年前の1月、やはり大雪で梅ヶ市分岐までしか行けず敗退した際は、ここでもう踝まで雪があったけれど、今日は靴跡が付く程度。なんといってももう4月だ。わかんは持って来ていないけれど、単独でも大丈夫とたかを括る。 

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40数年前には既に建っていた、駐車場横の廃屋

 しばらく、牧場跡の古タイヤと錆びた鋼線フェンスの横を登り、檜の植林帯を過ぎるとフッキソウの大群落がある小沢の脇の道。低気圧の通過でかなり吹いたらしく、灌木が折り重なって倒れ、道をふさいでいた。くぐったり、乗り越えたりして、普段より水量の多い下の水場の小沢を7:25通過。もう一つの植林帯を過ぎ、地形が少しナルになった、明るい雑木林の中で10分程休憩する。雪は15cmくらい。先行者の足跡はなく、夏時間にすら届かない、やや遅めのピッチだ。

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右、青滝山への道。堂ヶ森へは左端の道を進む
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登山道をふさぐ倒木群と下の水場。不明瞭だが水量は普段より多い。

 ここから先は、堂ヶ森から北に派生する稜線の末端、空池まで広葉樹林帯の中のジグザグ道の急登になる。途中、雌松の大人の太腿程もある枝が折れ、路周辺に散乱しているのに出くわす。他の雑木は大丈夫なのになぜ、風が巻いたのかな?と思いながら、高巻いてやり過ごす。8:15空池通過。やや左にぐるりと廻って稜線に取り付く頃には、積雪は30cm近くになっていた。 

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空池と稜線末端に至る緩い左カーブの道

 保井野ルートの真骨頂、稜線通しの急登が始まった。夏時間は、上の水場である水吞場まで小1時間ほど。急登とはいえ距離は短く、さほどのアルバイトではない。でも今日は、雪と跳ね枝が邪魔をする。雪解け後乾燥しきった枯葉道に降り積もった新雪は水気たっぷりで重く、しかも枯葉の潤滑剤で滑って始末が悪い。 

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水吞場への登り。水を含んで重い雪だ。

 往生しながら、9:40水吞場。静かに水の音が響くのは春ならでは。新雪とはいえ、もはや凍ることはない。さても、この先が難所といえば難所である。梅ヶ市分岐まで標高差約100m、吹き溜まりで過去には胸までの雪で地図上1cmの距離に1時間半を費やしたこともある。今日は40cm弱。見上げても雪の量はぐっと少なく、これならいけそうだ。途中、3か所のアルミ梯子を掘り起こしながら進み、左端の稜線通しの冬ルートにトラバース。ラッセルもどきの壺足登高も深いところで腰まで。ゆっくりめに登って突破し、10:25梅ヶ市との分岐(1,480m)に着く。 

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雪に埋まる水吞場(上の水場)と陽の当たる梅ヶ市分岐への冬ルート

 分岐から上も、誰も歩いていない、まっさらさらの(不気味な)雪で、ほぼ白一色。行動食を取りつつ、サングラス装着。

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ほとんど雪に埋まった分岐の道標

 さて、問題は先に進むかどうかだ。堂ヶ森(1,689m)まで夏道ルートで距離約600m、標高差は200m。夏時間だと3~40分で登れるけれど、昨日の今日で微妙な時間帯の今、果たして雪が締まっているかどうか。締まっていれば、1時間もあれば十分だろう。でも、もしそうでなかったら…。笹が多いお四国のお山は、雪が笹の根元まで入らず、葉に乗っていることが多い。今回の果ての雪も、恐らくその状態であろうと…。 

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分岐より遠く皿ヶ嶺連峰、青滝山(手前右)を望む

 まだ下山には早い時間帯だし、意を決して、出発。案の定、最初のヘアピンカーブで、いきなり腰まで潜る。積雪の量は深くて腰までと判ったけれど、この先も同じなら途中であきらめることにする。

 ところが、である。その先は雪面が締まってほぼ潜らずに進めるではないか。夏道沿いに最初の左カーブ過ぎまで一気で、緩い右カーブの登りに入る。でも、この頃から強い日差しで雪は急速に緩み、歩ける部分と腰まで潜る部分が交錯、最後は後者が8割くらいになってしまった。 

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反射板の立つ、堂ヶ森山頂への道

 13:50堂ヶ森山頂への分岐、14:05山頂着。汗だくになったけれど、あまり疲労感はなかった。このタイムならじじいには上出来だ。正面に鞍瀬の頭(一ノ森/1,889m)、いつ見ても立派だが、残雪をまとってさながら3月上旬頃を彷彿とさせる眺め。4月中旬にこれを堪能できるのはかなりラッキーだろう。

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堂ヶ森の肩から鞍瀬ノ頭を望む。
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肩から山頂(反射板の下にある)への道及び眼下の面河ダム湖

 遅めの昼食をゆっくり取って展望を楽しんだ後、15時前に下山開始。登った夏道はパスし、冬ルートをまっすぐ下って30分程で梅ヶ市分岐に着く。この間も腰まで潜ったけれど、さすがに下りは速い。のんびり一服して身づくろいをする。 

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スケールの大きい二ノ森方面の眺め

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雪が飛ばされてしまった山頂三角点

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冬ルートの下山途中、山頂を振り返る。

 下りは濡れた枯葉に相も変わらず滑りながら、だいぶん融けつつある雪を踏み締め、17時過ぎ、無人の駐車場に戻った。月遅れの雪の降りじまいとはいえ、今冬、存分に雪遊びできなかった身には、有難い忘れ雪になった。

しきりなるあと降りあそび雪の果 (史石)

吉居林道から早春の笹ヶ峰へ ― 毎春のお約束、風の花 雪割一華に会いに行く

 

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雪割一華

 今冬は、暖冬と気まぐれな降雪に振り回されたけれど、3月も下旬ともなると、お四国のお山にもさすがに春の足音が。時期的には一週間ほど早いものの、この暖冬、もう咲いているはずと、あえてこのコースを選択。多少、林道歩きがあってもせいぜい小1時間、雪割一華には代えられない。

 

 2018年の台風で吉居林道も道が2か所で路肩崩壊。現在、復旧工事中で林道中途から登山口まで少し歩かないといけない。そらやま街道(R194)下津池からハンドルを左に切り、神社の脇から止呂峡に架かる、下を見るのがこわい高さのコンクリート製橋を渡って林道へ。途中までは、穴ぼこもある舗装路、枯枝や枯葉のたまった、曲がりくねった道を進む。舗装切れの場所まではいつもと変わらない。砂利道に入っても意外に道の状態はよく、工事中だからかなとちょっと思う。 8:30 ロープが張られた林道分岐に駐車。過去、雪が多いときはここまでしか入れなかったこともあり、本来の登山口まではこれなら近い。

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車を止めた道脇の案内板

 10分程で小沢に出、橋を渡って今回は旧登山道に入る。もうあまり人が歩いていないのか道が柔らかく、沢沿いから途中で右に大きく振って少し薄暗い植林帯を進む。 9:20沓掛山(1,691m)への分岐、宿を通過。1、2分で木橋のかかる沢なので、そこで休憩する。

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沓掛山分岐 宿(しゅく)、うっすらと残雪が…

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木橋。冬季は雪が積もってなかなか楽しい。

 ここから丸山荘までは、このコースのハイライト、ブナ林の路だ。今はまだ冬木立だけれど、新緑、紅葉ともに落ち着く道だ。緩い登りの明るい杣道を風の音とカラ類の鳴き声を楽しみながら、ゆっくり歩む。快晴、静穏で気持ちがよい。所々猪の掘り返しがある中、やがて雪の残る直線の木道に変化すると、正面に丸山荘が見えてきた。

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杣道のすぐ脇にあるブナの大木

 2年ぶりの丸山荘、今回も無人だったが、ひとつだけ前回と変わっていた。建物を改装し、避難室と大書したスペースが。中を覗くと6~8畳はあろうか、結構広い。雨天や非常時の休憩用らしいが、特に冬季は有難い。 

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久しい丸山荘。変わらない佇まい。

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避難室(入口)

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避難室(内部)

 10:10昔のスキー場のほとりに立つ一本杉の横を通過して、山頂まで40分の急登に入る。北面なので予想した通り、まだたっぷり雪が残っていた。トレランシューズに泥除けのショートスパッツを装着し、雪道をジグザグに登る。

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スキー場(手前側)に立つ杉、なかなかの巨木だ。

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森林限界にでる手前から振り返る

 森林限界を越えると名前の由来、一面の笹原の中を行く。登山道以外にもう雪はなく、何回曲がったら寒風山ルートとの分岐だったっけと、思い出しながら歩を進める。途中にあったY字形の枯立木が何年か前に倒れ、冬場の目印が一つ減ってしまったけれど、振り返ると来島大橋までくっきり。でも、すぐに霞んでしまった。 

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中腹からの今治市方面。右端:沓掛山

 11:05 約1か月ぶりの山頂(1,860m)。前回はガスと強風だったが、今回は凄い快晴だ。第一級の石鎚山系展望台、その面目躍如である。赤石山系や稲叢山、大座礼山をはじめ、ほぼすべてのお山が見渡せる。しかも無人蔵王権現にお参りし、早速、昼食に。今日はカキフライの卵とじ丼、生卵をここまで持ち上げた甲斐があったというものだ。 

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1か月前はエビのしっぽが付いていた山頂標識と祠

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蔵王権現を祭る祠。背景はちち山、遠く赤石山系

 食事を楽しんでいると、寒風山からの特急第一便が着いた。お山を始めて1年目、形から入るタイプ?の30歳前の若いぼん。1時間で来たらしく、夏時間の標準でも「さすが元気やね。でも意外と近いやろ。」と返しておく。食後のコーヒーブレイク中に「ちち山(1,855m)に寄りたい。」というので、ピークへの急登途中にある小さな岩場はこの時期凍結しているはず、そこは必ずアイゼンを付けるよう伝えて送り出す。若人は元気や、爽やかでいい。

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山頂から南西方向。石鎚、瓶、伊予富士、寒風の山々
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山頂から北東方面。ちち山、遠く赤石山系、冠山、平家平、大座礼山の山々

 もう少しのんびりしたかったけれど、寒風からの人も増え、風も強くなってきたのをしおに12:30下山開始。下り斜面の雪はもうだいぶん緩んできていた。

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沓掛山と丸山荘を望む。やや雪の緩んだ下りの路

 丸山荘で水を補給し、温度計を見ると15℃、どおりで暖かいわけやと思う。何もない下りはじじいの足でも早い。山頂から小1時間で宿を通過。沢沿いに下り、右側にトラバース気味に少し巻くと今日のお目当て、雪割一華の群生地だ。 

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風の花とは誰が言ったものか…。

 南に面した沢沿いの陽だまりの場所で、この暖かさでもう花が終わっているかもと少し不安だったけれど、あった、あった。丁度満開。一週間早めに来てみて、大正解だった。このお花、気品があっていたく上品なのに、葉がちょっと地味過ぎてもったいない。目立たず、落ち着いてじっくり探さないと、気づかずに通り過ぎてしまいそうなところも残念だけれど、かえって荒らされない分、良いかもしれないとも思う。

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ちょうどほぼ満開に巡り合えた。

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三連咲き。

 15:00前、車のデポ地点に帰着。終日、快晴なうえに目的のお花にも会えた、大満足の春の山行だった。

2016(平成28)年)の記録 ② 大峯奥駈道…ちとハードでも収穫あったGW5日間

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大きく蛇行する熊野川の流れ

Ⅱ 南奥駈

 5/1(日)・入山3日目(楊子ヶ宿→釈迦ヶ岳→太古ノ辻→持経・平治の宿→行仙岳→行仙宿)

 今日も良い天気だ。4:00起床、5:15お宿を出発。昨日で北奥駈のメインを踏破し、その最後のハイライトになる釈迦ヶ岳(1,799.6m)へ向かう。途中の仏生ヶ嶽(1,804.7m)の山裾を巻き、烏の水で一服。記録のとおり水量は細いがGW前に降雨があったのか、この日は水の勢いがよかった。 

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今日も凄い好天

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今日の第一関門、釈迦ヶ岳を望む

 孔雀岳(1,779m)を過ぎるころから道は岩稜帯となり、上北山村側は山裾に岩峰群が現れてなかなかの険しい山容。

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縦走路から望む谷側の岩峰群

 正面に釈迦ヶ岳がどんと構えているけれど、道が歩きづらいうえにアップダウンが大きくてピッチが上がらず、行けども近くならない。左側に苔むした岩峰を見ながら、浮石交じりの悪路の急登をしのぎ、もうワンピッチあるだろうと気合を入れたら、あっさり山頂に着いてしまい、拍子抜けした。この辺りがアルプスと違って少しお山自体が小さいというところか。 

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綺麗な三角錐の山容の釈迦ヶ岳

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苔類と灌木の繁る岩峰

 お釈迦様のおわす朝8時の山頂は、ほぼ快晴で絶景だった。歩いてきた北奥駈、これから進む南奥駈と「分け入っても分け入っても青い山(山頭火)」を彷彿とさせる眺めである。

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快晴の山頂からの山並み
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優しいお顔のお釈迦様と三角点(奥駈道は一等が多い。)

 しかし、お釈迦様が鎮座まします割には、ここは登りも悪いが、下りも短いものの急傾斜のうえ、木の根がはびこってステップを置きづらく、おそらく奥駈道中、最悪ではないかと思う。まぁその分、登頂の喜びは大きいのだろうが…。

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これから歩いてゆく南奥駈の山々

 それでも朝のうちは元気で15分程下ると、深仙の宿。広々とした草原帯の鞍部に立つ、開放感たっぷりの良い小屋で、気分良く行動食休憩。 

 オオムラサキツツジ?と思しき2、3分咲きのツツジを愛でつつ、なだらかな稜線の大日岳(1,568m)の裾を巻いて、8:50太古ノ辻に着く。

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やっと蕾が開きかけたオオムラサキツツジ?

 「これより大峯南奥駈道」の道標がデンと構えるすぐ横に「本宮備崎へ45km 24時間」の道標も。奥駈道の約半分をトレースしたけれど、これには参った。トレランはやらないが、はぁお元気な方もいらっしゃるとみえる。

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奥駈道の半分をトレース、いよいよここから。

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熊野本宮大社まで45km、24時間。一昼夜歩けば着ける?

 いよいよ南奥駈に入る。天狗山(1,536.8m)への登りで、50代と思われる幕営装備の女性2人組を追い越す。ピッチは遅いが身支度に隙がなく、テント背負って歩く心意気に、心の中で「頑張れ」と呟く。

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地蔵岳への縦走路、この小さなアップダウンが曲者だった。

 地蔵岳(1,464m)から滝川ノ辻、乾光門に至るなだらかな稜線通しの道は、ブナと桜、アケボノツツジやミツバツツジの群落が続き開放的な草原帯の快適ロードで、快晴もあって気分よく飛ばす。(後日譚だが、ここでセーブすべきだった。反省) 

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好天に恵まれ、ミツバツツジも満開に近く、快適ロードを行く。

 12時半に涅槃岳(1,375.9m)の下りで一服。途中から気が付いたけれど、南奥駈に入ってからピークを巻く道が全くと言ってよい程ない。ほぼピークを踏んでいて、アップダウン、それも小さなそれに徐々に体力を削られてゆく。標高が少しずつ下がってきて、気持ち、暑苦しくなってきた点もあるかもしれない。 

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乾光門付近のミツバツツジの群落と地味な涅槃岳山頂

 阿須加利岳を過ぎて樹林帯の中の持経の宿に13時半前に着く。狭いけれど小ぎれいな宿だ。これまでかなり脚に来るアップダウンで消耗したうえに、水がペットボトルの底にしかなくなり、やむをえず、水汲みに空荷で林道を5分ほど下る。沢の水量は豊富で顔や首周りを洗って少しさっぱりし、ハンカチも干して10分余分に休憩。暑いくらいの陽ざしで爽快、アルプスみたいにここでお昼寝できれば最高やなと思う。 

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森の巨人たち100選 №62 持経千年檜、たしかにでかい!

 下北山村 上池原に抜けるR425の峠(標高1,081m)を越え、少し登って14時半、平治の宿着。持経に比べると質素なつくりでトイレも離れた別棟。天場は整地されて広く、こりゃ泊まれば快適やと思ったけれど誰もいない。時間的に早く、疲労しつつもまだ余裕もあったので、予定通り行仙宿を目指すことにする。 

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平治の宿手前にあった、立派なブナの大木

 しかし、である。転法輪岳(1,281.2m)への緩い登りで意外にへばり、倶利迦羅岳(1,252m)までの間も道が悪く、小ピークを一つずつ地道に攻略してゆく。この時間帯での消耗戦はさすがにきつく、ピッチもガクンと落ちた。

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倶利伽羅岳への緩い登り。この先悪いとは想像もできず。

 怒田の宿址と地形図にある場所はよく判らず通過。16時半、アンテナのあるという行仙岳(1,226.9m)への登りになる。今日最後の120mだ。ここまで来れば、お宿はもうすぐなので無理してピッチを上げることもなく、ピンクのアケボノツツジもあと少しだよといってるようだ。 

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行仙岳への登り途中のアケボノツツジ。やはり華のある木だ。

 17:20、行仙岳から約120m下った、植林帯の中の行仙宿山小屋(標高約1,100m)に着く。ここは管理人が常駐らしく、見覚えのある先着の人々が荷をほどいていた。小屋泊(素泊2,000円)を辞退し、教えてもらった苔のクッション付きの天場に今日もツェルトを張る。平治の宿で一緒に休憩した若いぼんが、張ってるところに追っかけて来て、あれこれツェルトの話をする。静謐な一人の時間をゆったり味わえることが相当羨ましかったようだ。

  小屋では水を分けてもらえないので、往復30分の水汲み。下り道は結構急でも、空荷だと元気になるのはどうなのよと思う。水場は沢筋の大きな岩の間の薄暗い場所。清澄な水で量も多く、その冷たさと美味しさに一日の疲れともどもかなり癒された。

 縦走3日目はこれまでの最長、行動時間12時間、休憩を除く実質行動時間は10時間で、さすがに脚に来た。軽量化でやや貧素な夕食をとって、早々にシュラフに潜り込む。夜半、かなり吹き上げて目が覚めたけれど、林間もあってよく眠れた。

 

5/2(月)・入山4日目(行仙宿→笠捨山→花折塚→玉置神社→ビバーク地点(五大尊岳手前コル))

 晴れてはいても、やや湿っぽい朝で、5:30出発。今日は途中によい場所があればそこでビバークするつもりで、当面の目的地を大森山(1,078m)に設定する。笠捨山(仙ヶ岳/1,352.3m)へは小屋から約200mの登りで、前衛のP1~P4の四つの小ピークも越えないといけない。途中、葛川辻に至る巻道に出くわし、少し迷ったけれど、きちんとピークを踏むことにする。 

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P3への途中に出会った、巨大な檜の大木。森の巨人より大きい。

 ブナや杉の大木の並ぶ疎林の道をじわじわ高度を上げながら進み、P3とP4のコルで今日の1本目(₌休憩)。

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P3とP4コルのユニークな形をしたブナの古木

 さすがに標高1,200mくらいまで下ると気温も上がって暑く、ブナはもう新緑を展葉し、根元には芽吹いたばかりの実生株も。しっかり生きている森の中を山頂まで一気に120m、ジグザグに道を切り、朝一番の調子の出ない時間帯の急登に耐える。

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まぶしい新緑のブナと双葉が展葉したばかりの実生株

 7:05白地の道標だけの地味な笠捨山を通過するが、初めての者には道がわかりにくく、茶臼山への道の方が素直な進路に見えてしまう。少し進むと反射板鉄塔に出、その先の樹林帯手前で「この先難路」の小さなプレートが目に入り、「ん、難路? おかしい。」と気づく。地図を読むと90度西の方向に曲がるのに東に来ていた。危ない、危ない。ポイントでしっかり確認しないと。反省しつつ、ゆっくり引き返す。

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笠捨山山頂。道標はあるが進む方向の明示はなし。

 山頂から下って、葛川辻で巻道と合流。巻道の方が立派な道で、どうやら巻くのが本筋だったみたいだ。南奥駈で初めてといってよいくらいの巻道のうえに、かなり大胆に巻いているよう。笠捨山以後、御影石の立派な道標も現れ、設置の苦労がしのばれる。ただ、縦走している身には行先より距離や時間の方が大事で、併せて記載して頂くと有難い。

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かなり大きく巻いているように見えた巻道と御影石の道標

 さて、この先から地蔵岳(1,250m)、香精山(1,121.5m)の間が最後の修験道らしい道だった。これまで歩いた道と同じく、樹間や木の根をぬい、鎖交じりの岩場の登り降りの連続と、やはり悪い。三点確保の基本に忠実に乗り越えてゆく。膝がそろそろ限界ですよといってくるのをなだめすかして、8時に、らしからぬ地蔵岳ピーク。灌木の中に鎮座するお地蔵さんも、プラ製ではちょっとありがたみが…。

 

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鎖の登り降りの最中に楽しんだ、アケボノツツジとアルビノ(白花アケボノツツジ/右奥部分)

 小ピークを二つこぎ、9:15香精山。やっと修験の道を突破した。送電線の下を通過して貝吹金剛を目指すも、標高は里山クラスに近く、さすがに汗が吹き出る。

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貝吹金剛へのザレた路、送電線の下を通る。

 この先、蜘蛛の口まで杉・桧メインの標高差約400mの長い下りに入る。香精山直下は植林帯の急降下道で、この縦走で初めてダブルストックを使う。かなり膝が楽になって、ピッチも少しアップ。貝吹金剛手前のコルでやや早めの昼食を取って、少し脚を休ませる。 

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ここまで下るともう新緑が美しい

 貝吹金剛から先は杉林のほぼ一直線の下り。先々まで歩く先が見えるというのは修験の道ならでは。登山道ではないなぁと思いつつ、回転よくストックを回す。緩い傾斜は膝には有難く、ピッチも上がって11時半には蜘蛛の口に着いた。標高も700m程、もう汗だくに近い。ここから横峰金剛への登りになり、周辺は縁起木ユズリハのほぼ純林、これほど多い森もめずらしい。 

 12:10標高952mの花折塚にでて、しばらくちょっぴり登り気味の玉置神社に到る車道歩き。日差しが強く、蒸し暑いGWらしい陽気だ。小1時間ほどで「世界遺産」の記念碑に出て、少し涼む。

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車道横にポツンとあって、所在なげな世界遺産記念碑

 碑は、風通しと展望がよいだけで早々に神社への山道(餓(カツエ)坂というらしい。)へ入る。平坦な玉置山(1,076m)のピークを踏んで社務所へは13:40到着。ポンプアップらしい水場はすごい水量で、人工池?に落ち錦鯉まで泳いでいてちょっとビックリ。神社に泊る登山者も多かったけれど、水を多めに4㍑補給し、目標の大森山を目指す。あと5km弱だ。 

 杉の大木で鬱蒼としたご神域を抜け、小ピークの連続した登り降りを経て、大森山、大水ノ森に至る稜線の端っこ、旧篠尾辻へは急登。樹林帯で日差しが遮られて涼しいものの、へばる。水の重量増も効いてるが、膝に負担がかかっても、水はないより多めの方がよいに決まってる。16時前大森山。展望のない、だだっ広いだけのピークで標識がないと通過してしまいそう。

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大森山山頂。植林帯の中で広く、水はないが天泊の好適地だ。

 4日目で疲労が蓄積し、ピッチもコースタイムを追うのがやっとに落ちてしまった。山頂直下でザックを放り出して昼寝の若い男性がいて不思議に思ったけれど、後でその理由が解った。目標を越え、ここからはビバーク適地を探しながら進む。篠尾峠への下りはシャクナゲが満開だった。

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峠への下りはシャクナゲ街道だった。ピンクのお花に癒される。

 道は、ジグザグの急降下で膝が限界に達する、ひどい傾斜だった。途中、よれよれで登ってくる、うら若い単独行(幕営装備)の女性に大森山への時間を聞かれ、「あと標高差200m、道はきついよ。」と答える。勇気づけられた様子でとたんに元気になり、じじいにも、ははぁ昼寝の男性と山頂で待合せかなと判る。う~、その時代がうらやましい。

  篠尾峠は、峠といっても平地はなく通過。853mピークに五大尊岳の標識があり、おかしいなと思いながら下った先の小さなコルに好適地を発見。17時半、なるべく平らな、落葉でふかふかの場所に早速、ツェルトを張る。行仙宿で話した若いぼんが追い付いてきて、暫く話す。彼は「もう少し先まで行く。」とのこと。

 今日も実質行動時間は10時間だったけれど、通常、ビバークの泣き所になる水はたっぷりあるので、泊最終日の夕食は予備食込みのご褒美メニュー。食後、ゆったりドリップコーヒーをたてる。樹間に差し込む夕陽がとても綺麗だった。

 

5/3(火)・最終日(ビバーク地→五大尊岳→絶景ポイント→吹越峠→大斎原(おおゆのはら)→熊野本宮大社

 最終日、少しゆっくりして6:20撤収、出発。昨日同様、湿気は高いが降ることはないだろう。すぐ五大尊岳(825m)、次いで同南峰を通過。蟻の戸渡りから金剛多和までの下りはきつい傾斜で膝にくる。もう、お昼には大斎原に余裕で着ける距離なので、無理をせずペースを落とす。 7時半に着いた金剛多和は、凹地で卒塔婆のある広場。テント2、3張は張れそうだ。

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少し凹地になっている金剛多和、天泊適地だ。

大黒天神岳(573.6m)を越えて小1時間で展望スポットに出る。大きく蛇行する熊野川雄大な流れが一望でき、よくぞこの景観、絶景とは言い得て妙だ。日本離れしたスケールの大きい素晴らしい眺めに、しばし見惚れる。旅の最後にとっておきの景観に出会え、ルートを歩いてきたであろう、幾多の古の修験者の方々の深謀遠慮に感嘆する。 

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雄大の一言に尽きる、熊野川の流れ

 宝篋印塔のある山在峠(265m)まで降りてきて、一本入れる。暑くて、風で汗が引くまで休憩。

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もう標高は500mを切っているのに、しいんと静かだ。

 吹越山(325m)まで展望のない、緩い登りを上がり、9:45吹越峠着。道は若い杉林の一本道で風通しがよくて快適だが、膝はさすがにアウト、でもこの傾斜なら大丈夫だ。

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もう里山でも、誰にも会わない静寂の路

 七越峰(262m)への道すがら、マムシさんに面会(お会いしたくはないけど…。)。向こうも困ったのだろう、ちゃんとサインを送って来てくれて、5分程待って丁重にご移動願った。 

 峠から20分程で再び切り開きに出る。今度は、大斎原がくっきりと浮かび上がる絶好の展望台だった。またまた休憩。この際と、熊野川の渡渉ポイントの凡その見当もつけておく。

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熊野川沿いの大斎原と市街地を望む

 少し先が七越峰園地という家族連れが車で来る公園になっていて、すこぶる快適。ついに大休止してしまう。怠けるなと活を入れながら、尾根をぐるりと右旋回しつつ下ると、もう河原が樹間から垣間見えて、すぐ世界遺産の備崎経塚群の史跡に出た。あと少しだ。 

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史跡 備崎経塚群の掲示板、この場所から出土したらしい。

 11:20道から堤防階段に移り、河床に降り立つ。いよいよ奥駈道最後のハイライト、熊野川渡渉だ。流れの緩いところを探しながら100m程上流へ向かい、見当をつけていた大斎原を真横に見る位置で、ビーチサンダルに履き替えて渡る。深さは膝くらいまでで大したことはないが、流れは存外強く、ストックでバランスを取りながら慎重に渡り終えた。水の冷たさが心地よく、ふくらはぎに当たる水の流れも気持ちのよい渡渉だった。ああ、奥駈道もこれで歩き終えたなぁと、ふっと思う。達成感よりも安堵感の方が気持ち上回った、5日間の行程だった。

  予定どおり12時丁度に大斎原に着く。鳥居の巨大さは尋常なレベルをはるかに超え、参道は歴史を感じさせる杉の大木が立ち並んで、鬱蒼とした森そのもの。

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鳥居をくぐると、杉の大木の並ぶ一本道

 明治の大水害がなければ、今もここが大社だったのだろう。行きついた大社旧社地は流失した中四社・下四社をまつる石造の小祠があるのみで、ぽっかりと空が明るく、どこか空虚で所在なげだった。

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大斎原の水害前の絵図を示した掲示

 現在の熊野本宮大社へは、ここから500m程移動しないといけない。途中、昨日から剥がれかけていた、トレランシューズの左足裏をDIY店で応急修理し、幟と杉木立の約160段の石段を歩んで、13時に参拝を無事、終えた。

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最終目的地 熊野本宮大社、、この旅の終わりの場所。

(あとがき)

 2016年までの県外行は、南ア核心部、北ア槍平~大キレット・岳沢、奥穂~西穂などアルプス中心で、休暇の都合や台風等でいずれも2泊3日だった。大峯奥駈道は久々の4泊5日。トレ不足に加齢もあって脚が持つか、やや不安だったものの、なんとか歩き通すことができた。この経験は2019年に歩いた、北ア黒部源流行4泊5日で大いに役に立った。 

 大峯奥駈道は、寺院と神社の違いはあるものの、スタートとゴールはともに歴史ある荘厳な建物という点がいかにも歴史街道に相応しく、順峯、逆峯や日数の違いはあっても、旅の終止符を打つには、どちらも素晴らしいシテュエーションだ。道自体も、アルプスと違って必ずピークを踏む、巻道のほとんどない(特に南奥駈は。)ルートはなかなか経験できない貴重なものだ。主に広葉樹林帯を歩く長大さの中に、えもいわれぬ趣があって、終わってみると楽しい思い出しかなく、おざなりでも、素晴らしいコースの一言に尽きると思う。 

 また、通常、GWに5日連続で晴天が続くことは稀で、その点でも恵まれていたと、御配慮頂いた熊野の神様や古の修験者の方々に感謝したい。ツェルト4連泊という初物の実績、アケボノツツジを始めとするお花類、ブナの実生株や女性修験者との邂逅など、色々な発見や経験もさせて頂いた。大峯奥駈道の懐の深さに、ただただ頭が下がる思いである。

2016(平成28)年の記録 ①  大峯奥駈道…ちとハードでも収穫あったGW5日間

Ⅰ 北奥駈 

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普賢岳より弥山・八経ヶ岳方面を望む

 定年後、再就職の身になっても、連休を組み込まないと、一週間の連続休暇取得はなかなか難しい。されど、近畿でどうしても歩いておきたいゾーンとして、現役のころから温めていたプランを実行するチャンスがこの年、やっとめぐってきた。

 大峯奥駈道。 標高こそホームのお四国とそれほど変わらないけれど、本来は修験の道。お山歩きとは少しニュアンスが異なるものの、それでも総延長約90kmは特筆に値する。学生時代に埼玉県本庄市から大学キャンパスまでの100kmハイク・イベントを2日で歩き通した経験はあるが、これだけの距離はそれ以来だ。

 時期は暑すぎず、日も長くなるGW。コースは、吉野奥千本口から熊野本宮大社を目指す「逆峯」を選択。日程は、事前チェックで参考にさせて頂いた近畿の山岳プロガイドO氏の記録にアマチュア分の1日をプラスした4泊5日の計画とした。今回も、昨年同様、一日を効率的に使える朝スタートのため、夜行バス利用の強行軍である。

 

4/29(金)・入山初日(金峯山寺→大天井ヶ岳→山上ヶ岳→小笹宿)

 朝一の近鉄特急で吉野へ。吉野大峯ケーブルという、日本最古のレトロな乗り物に乗る。本場アルプスと同じく中は傾斜式。でも乗車時間は約3分と随分と短い。吉野山駅から登山口の奥千本口までのバスはなく、参道を竹林院まで観光気分で歩き、お参りの中年女性らに教えてもらった、金峯神社までの送迎バンを少し待って捕まえた。

 神社に安全祈願し、ここから金峯山寺蔵王堂までくだんの女性たちの後を歩く。さすが金峯山修験本宗の総本山。蔵王堂は歴史を感じさせる重厚さで、堂々たる佇まいである。

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金峯山寺蔵王

  9時半、準備を整えて総重量9kg弱(水を除く。)のザックを肩に金峯山寺山門からスタート。空は時折日差しはあるものの、曇天。北の大陸高気圧の張り出しで、西高東低の冬型の気圧配置。気温も上がらず、結構、吹き込んでいる。20分程で鳳閣寺山上ヶ岳への道の分岐に出、「左大峯」と大書した石柱にいざなわれて左の山道へ入る。

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大峯への道標、道は左へ曲がる。

直ぐに「右大峯山上」に「女人結界」と大書した石柱に出くわして坦々と里道を歩き、10:10青根ヶ峰(857m)の質素な道標と三角点を通過。まだこの頃は、陽光暖かく、桜を愛でながら余裕のトレッキング気分だった。

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石柱と道標

  この先、途中からいかにも歴史を感じさせる山道に変化。道は、稜線から1m程めり込むように凹地になり、相当の年月、人が歩き続けてきたという証拠。ホームの日本七霊山の一つ、石鎚山成就ルートの八丁坂とそっくりである。 

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人通りで形成された凹地の道

 微妙にアップダウンが続く道に変化し、足摺茶屋を過ぎて、11時半、四寸岩山(1,235m)も越える。この辺りは、まだなんということのない里山風の良い道で幅員も広い。

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四寸岩山山頂

 しっとりと落ち着いた風情の二蔵宿を過ぎたところでお昼に。稜線に近づくにつれ、高気圧の吹き出しの影響か風が出始め、気温も段々下がってきて、なにか遠目にお山が白っぽい。う~、やな予感がする。 

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二蔵宿、静かで落ち着くところだ。

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山頂部分が白っぽい…。

 大天井ヶ岳(1,438.9m)の急登を乗り越えて、13時過ぎ五番関の手前で休憩を取る。

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なにもない大天井ヶ岳山頂

 この辺りまで来ると、もう周囲の木々は霧氷で真っ白。美しいけれど、とてもGWとは思えない寒さで寒気がGTXの手袋を通り抜ける。少し進むと、猪突に女人結界門が現れる。ここから先は、女性はご遠慮くださいということか。今時、珍しい。この頃から空は一面の曇天となったものの、まだ視界はよく、ルートも見通せる。

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霧氷、GWとは思えず。

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女人結界門、一部剥がれ落ちている。

 1時間ほどで洞辻小屋に着き、風を避けて室内(土間)で立ったまま行動食休憩。この際に雨具上着着用と手袋を交換、まるで冬山もどきの寒さ対策をする。すぐ横の円満不動明王立像にお参り。普段、信心深い方ではないのにどうしたことか。 

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洞辻小屋、中を通り抜ける。

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円満不動明王

 霧氷の中を30分程、進むと「鐘掛岩」の行場。傾斜はなかなかのものでも難易度はそうでもないかなと一瞬、思ったけれど、早く山上ヶ岳まで行っておきたかったこともあり、巻道を選択。

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鐘掛岩の行場

 風は微風でも霧が濃くなり始め、気温も一段と下がってきた。あまり暗くならないうちに今日のお宿、小笹宿に着かないといけない。

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もうガスといっても良い、霧氷の樹林帯

 16時直前にかの有名?な「西の覗」。でも完全にガスってしまい、下は全く見えず、居並ぶ石像群にご挨拶、行場は凄味が感じられても恐怖感はなかった。ここまでくれば、もう大峯山寺は目の前だ。 

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西の覗、吹き上げるガスで何も見えず。

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西の覗にも霧氷が…。

 霧氷で飾られた立派な山門を抜けて着いた大峯山寺(山上蔵王堂/重文)は、均整の取れた、実に壮大な建物で圧倒される。戸開式(5/3)前で人の匂いは全くないが、これほどの建造物をこの地に建てたということ自体、凄まじい信心とエネルギーである。

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風格を感じる、大峯山寺山門

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山上蔵王堂、欅造の見事な造形。

 しばらく見惚れていたが、時計を見てあわてて「聖蹟 湧出岩」の横にある山上ヶ岳・一等三角点(1,719.2m)へ。残念ながらこの天候で「東の覗」はカットした。失念していたアルファ化米への給水を宿坊にお願いし、なんと、水ではなくお湯のお裾分けを頂く。(有難うございます。本当に助かりました。)

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山上ヶ岳山頂、左下端が一等三角点

  ここから先、少し道が悪い中、下り気味に小笹宿を目指し、16:45日没2時間前に到着。水が豊富な天場だ。GW初日で既にすごい混みよう。テントも10張以上はあるか、張れそうな天場はあらかた埋まっていて、小川横の石垣下にやっとツェルト一張分のスペースを確保する。

 初日を歩いただけであるが、奥駈道は道の良し悪しが極端なうえ、頻繁にアップダウンがあって、通常の登山道と違い、膝の負担が大きい。どうなるか、歩いてみないと判らないものの、休憩を定期的に取り、ペースも一定にして膝の疲労をなるべく軽くしないとこの先厳しいぞと自戒する。

 この夜は、氷点下まで気温が下がり、夏シュラフの上にアルミレスキューシートまで被ってなんとか眠れたものの、少し風邪気味に。翌朝、小川横の飛沫のかかる苔は氷の芸術品と化していた。

 

4/30(土)・入山2日目(小笹宿→大普賢岳→弥山・八経ヶ岳→楊子ヶ宿)

 手早くツェルトを撤収し、5:20朝日がまぶしい中、小笹宿を出発。GWとは思えぬ冷え込みで、防寒で雨具、手袋を装着。なかなか雰囲気のよろしい阿弥陀ヶ森への樹林帯の巻道を行く。

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朝日差す、混合林の巻道

 少しずつ道が険しくなり、やがて現れた鎖や梯子を越え、大普賢岳への登りになる。ドーム状の岩峰みたいな感じでさぞ急登と思いきや、そう大したことはなかった。ただ、お山登りの基準から言えば悪路に違いなく、そこが修験の道ということだろう。 

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片側が切れ落ちた、独特の山容

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樹林帯から望む大普賢岳

 7時前、晴れ渡った大普賢岳山頂(1,779.9m)。昨日歩いた稜線とこれから行く弥山・八経ヶ岳方面が見渡せる大展望だ。のっけから幸先がよいけれど、弥山ははるか彼方で、え~、これを歩くの?と思う。

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普賢岳山頂、灌木の形がよい。

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これから歩く、弥山、八経ヶ岳への稜線

 さても、ここから行者還岳避難小屋までがこれぞまさしくの道、修験の道とはこういうものですよという難所だった。すっぱり東側が切れ落ちた国見岳への稜線、「薩摩転げ」は何処かよくわからず通過、ピークというより縦走路上の岩峰にしかみえない七曜岳、とどめは行者還岳(1,546.2m)から小屋までの下り。鎖の連続した崖路で鎖なしで登降できず、めちゃ悪い。穂高の大キレットやジャンへの道に比べれば危険はないけれど、写真を撮る余裕はなし。地図上では全く読めず、これだけコースタイムを要するのだから悪いのだろうとは思っていたが、納得。

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国見岳への稜線より。左側はすっぱり切れ落ちている。

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七曜岳ピーク。岩場にしか見えないけれど…

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行者還岳を振り返る

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真新しい行者還岳避難小屋

 小屋に着いて一息つくと9時になっていた。水補給をし、柔らかい陽の差す小屋前ベンチで少し寛ぐ。

 

 弥山(1,895m)への稜線沿いの道は、うって変わって、コバイケイソウの大群落を縫って、ブナ林の草原帯を行く快適な縦走路だった。1,458mピーク手前で少し早めのお昼。気温もだいぶ上がり、雨具を脱ぎ手袋を夏用に交換する。

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弥山への縦走路①

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弥山への縦走路②

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弥山への縦走路③

 この先もずっとなだらかな山容の気持ちの良い道ながら、微妙なアップダウンが続く。弥山の最後の登りは苦手の木製階段が延々と続き、肩と脚にじわじわと効いてくる。ピッチを一定にし、50-10分のペースを守って12時半、山頂まで登りきった。

 

 登山客で一杯の小屋ベンチで水場を聞くと、水は販売とのこと。お山で水を購入など絶対にしたくないので、少し八経ヶ岳方向に進み、右手の小沢まで崖を2、3分下って補充する。縦走路を外れるとGWでもしいんとしていて、実に静かだ。原生林の中を抜けて、13:40近畿最高峰八経ヶ岳山頂(1,,914.6m)。ピークは岩塊の積み重なった、全くらしくない地味さで、人も多くて落ち着きようがなく、早々に出発する。

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近畿最高峰、八経ヶ岳山頂

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山頂からの展望

 メインだった八経ヶ岳ピークを踏み、あとは今日の泊地、楊子ヶ宿までの緩い下りの縦走路を残すのみとなった。明星ヶ岳への下りに入り、ちょっと気が緩んだところで驚きの出会い。初めて白装束・地下足袋の単独行の修験者とすれ違う。はきはきした物言いのお若い女性の方で、お四国石鎚山で会うのは中高年の男性ばかり。女性は見たことがなく、こういう邂逅もあるかと強く印象に残った。 

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女性修験者、あえて後ろ姿で撮らせてもらいました。

 楊子ヶ森(1,693m)を正面に見るまで思いのほか長い下りが続き、地図で見る限り、左に巻けばすぐ今夜のお宿のはずだけど、久しぶりの長距離とアップダウンの連続に消耗。疲労の色濃い身にはさすがにきつく、巻道がえらく長く感じた。

 じっとり疲れた状態で16時前、小屋に着く。ほぼ満員の中には入らず、前の広場の片隅に今日もツェルトを張る。ドー天でないのが珍しい?のか、小屋泊の人がかわるがわる内部まで見に来るので、なかなか落ち着かなかったけれど、幸い、今夜も星空だ。

                      2016(平成28)年の記録②に続く。

 

 

 

 

 

寒風山から笹ヶ峰へ ― 厳冬期とはとても思えぬ寡雪の稜線を行く

 

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笹ヶ峰への中途、ガス走る縦走路をゆく

 2月に入って、やっと寒波襲来。いかなお四国でもさすがに少しは積もっただろうと、多少の悪天は覚悟のうえで桑瀬峠への登山口へ車を走らせる。新寒風山トンネル(延長:5,432m)を抜け、旧道のアプローチ道の途中からやっと白っぽい凍結気味の道になり、うむうむ、よしよしとご機嫌だったのもつかの間だった。稜線は、確かに白いけれど雪はささやかなもので、笹に軽く乗ってる程度。例年の笹が完全に埋まり、膝まで入るレベルには程遠い。

 

 思い起こせば、お正月の毎年恒例、石鎚参りも散々だった…。二ノ鎖元小屋まで雪はないのと同じ、弥山までの巻道もお情け程度の雪でアイゼン付けなくても行けそうなくらい。晩秋のお山同然だった。過去、腰まで埋まってラッセルした同じ場所とは到底思えず、ここまで雪の少ない年は記憶にない。

 

 8:20薄雪の駐車場を出発。桑瀬峠(1,451m)への道は、うっすら雪が乗っただけ、すぐに泥んこ道に変化しそうな、危うい状態だ。それでもそこそこ冷えていて風もなく、峠まで汗をかかずに済んだ。

 峠はガスが流れ、展望はなし。吹かれて寒いだけなので、少し先の樹林帯まで進んで、アイゼンを付ける。と、これまでの経験踏襲で無意識にアイゼンを付けたけれど、結果論的には、寒風山頂まで不要だった。 

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アイゼンを付けるため、小休止。

 今日は、西側(愛媛県側)からずっとガスを伴った強い風が吹き、左手にある寒風山・南西壁も望めず、途中のブナ林の霧氷も貧素で、なんの楽しみもない、じっと我慢の登高。はしごと急登をやり過ごして、過去に表層雪崩を見たことのある、山頂直下の面河笹の斜面も笹が露出していて、さながら初冬のお山である。

 

 10:10寒風山(1,763m)山頂着。標識が根元まで露出し、寂しい限り。毎回、確認するお社は無事、鎮座ましまして、この暖冬で神様もお寒く無くてよろしいかも。山頂上空は時折薄日が差すので、15分程、笹方面のガスが切れないか待ってみたけれど、標高2,000mくらいまでガスが帯のようにかかり続け、あきらめて笹への縦走路へ入る。 

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いつもは標識だけが雪の上のはずが…

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お社、今年も無事でした

 山頂から笹ヶ峰までは夏時間で1時間半ほど、展望がある際に受ける距離感とは裏腹に、意外と近い。冬季といっても、寒風山頂直下の急降下の雪斜面を除けば、最低鞍部への下り、その先の縦走路の屈曲点、展望台(と勝手に名前を付けてる。)くらいまでは、西側からの強風を避けて道が付けられ、比較的楽である。

 “雪へ足跡もがつちりとゆく” (山頭火) 

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霧氷の花咲く とまでは…

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途中の乗越、ここまで来ればもう近い。

 1,740mの笹ヶ峰前衛峰を巻くと西側(愛媛県側)からの強風が一気に吹きつけてくる。雪は大したことなくても風だけは一人前だ。ガスで展望のない中、時折煽られながら、エビのしっぽが凍り付いた灌木帯をこぎ、ごく緩い登りの山頂への一直線の巻道を進む。

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怪異な、つかの間の雪の芸術品。

 途中で、先行のトレランと思しき2人組とすれ違う。直滑降ルート(と勝手に名前つけてる。南稜ともいうらしい。)は使わず、ピストンで戻るとのこと。 

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強風に煽られる冬の花

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この石を過ぎれば山頂はもうすぐ

 12:10笹ヶ峰(1,859.6m)山頂。蔵王権現を祭る石積みのお社は真正面から風を受け真っ白だ。さすがに悪天候の冬の山頂は誰もおらず、寒気厳しい中、山頂標識木の頂部にはエビのしっぽが発達途上。

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笹ヶ峰山頂標識とエビのしっぽ

 荒れるとこんなものでも、周辺に生き物の気配はなく、もの悲しい限り。権現様もお一人でさぞやお寂しかろうと参拝しつつ、つらつら思う。風を避け、少し南側にくだると途端に静寂に包まれる。あっけらかんとしたもので、これも冬山。

  “雪へ雪ふるしずけさにをる“ (山頭火) 

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コメツツジも今は雪とともに

 いかな笹ヶ峰石鎚山系の優れた展望台でも、今日は全く駄目。早々に諦めて直滑降ルートの下りに入る。秋に下見した整備の行き届いた素晴らしい道も、今は路面が凍り付き上に雪が乗って、この傾斜ではアイゼンを外すと滑って仕方がない、まことに悩ましい道である。

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寒風から雲走る

 いつも挨拶をして通過する、ウラジロモミのペアの標識木も、ほとんど着雪がなくまるで夏仕様。

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ここまで着雪がないのも珍しい…

 それでもここまで下ってくると、寒風から笹のガス走る稜線がくっきりと浮かび上がり、反対側にはちち山・冠山~平家平のスケールの大きい稜線もやっと望めるようになって、少し留飲を下げる。 

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やや霞む冠山から平家平に至る稜線

 我慢して凍った樹林帯の道を慎重に下り、林道には14:00丁度に降り立つ。風で体温を奪われる懸念からパスした山頂での昼食をここで採る。カップラーメンと笑うなかれ、氷点下の世界で温かい食べ物は凄い贅沢である。

 もうあとは、雪の林道を車まで戻るだけ。雪についた靴跡が妙にくっきりして小気味良い。横を通り過ぎたSUVの家族連れから不思議そうに眺められながら、今日は風の明暗を辿っただけの一日だったなとふと思った。

2017年(平成29年)の記録① 九州・屋久島 ハイウェイから原生林の道へ

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永田岳

 離島のお山といえば、北の北海道利尻岳(1,721m・利尻島)と並んで、南は九州宮之浦岳(1,936m・屋久島)が両雄、特に、南は世界自然遺産の登録とともに、関西では数少ない標高1,900m超の貴重なお山でもある。 

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早朝の宮之浦岳と翁岳(左端)

 屋久島は、お四国から比較的距離も近く、一見すぐアプローチできそうに見えるけれど、地方から地方への移動は、これがなかなかの難題。移動効率やコスト面で、高速道やJR・高速バス+フェリーのいずれもネックだらけ。最後に残ったエアラインがベストという、思いもしなかった選択に。地域コミューターの松山→鹿児島(乗換)→屋久島線で1日で入島でき、しかもコストは他とほぼ同額or以下とは、最初は信じられなかった。 

 されどである。エアラインも厳しい。早割がシステム障害とやらで指定席がチャラに、座れたのは最後尾とちょっとやらせを疑う気分に。屋久島まで機体も座席も変わらず、松山からずっと一緒で、もはや顔なじみのCAが気の毒がって飴をたくさんくれた(しっかり山行中の行動食に。)のが、せめてもの救いか。もっとも強風・悪天で高速フェリーも欠航する中、見事なランデイングだった機長には感謝である。 

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大株歩道へのトロッコ道、橋を渡る

 屋久島の宿泊事情は特殊で、民宿が圧倒的に多い。食事は外に出るか自炊が原則。この日泊まった民宿は、高速フェリーの欠航で自分を除きすべてキャンセル。すこぶる機嫌が悪く、お風呂は故障とかでシャワーのみ、民宿業者の寄合とかで客をほっぽり出していなくなるわと、あえて名前は出さないがひどい扱いで、移動日は散々だった。外食ついでに地元のスーパー等へ立ち寄り、名物のサバ節(行動食用)とガスカートリッジを購入する。 

4/18(火)曇時々晴

 前日、注文したおにぎり弁当を受け取って、8:20宮之浦から白谷雲水峡行のバスに乗る。道路端にごく自然にクワズイモが生い茂るという、ビジターには目新しい光景の中、白谷雲水峡から辻峠→楠川別れ→縄文杉→永田岳・宮之浦岳→尾之間歩道の屋久島縦断コース、2泊3日のスタートである。 

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雲水峡スタート直後の小沢、清澄な水

 9:00雲水峡で入山料を納付し、出発。人気のコースとあって、GW前のウイークデイでも登山者は多い。道もよく整備され、快適な楠川歩道を進んで40分程で白谷小屋通過、すぐ、「苔むす森」に。人気アニメ映画の原風景と聞いているが、雰囲気は十分なものの、今は渇水期なのか、苔に少し元気がないように感じた。 

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苔むす森入口付近、雰囲気はある

 10:10辻峠着。ザックをデポし、太鼓岩へのローテーション道をピストンする。でっかい花崗岩の第一弾で、見晴らし抜群。岩の上で地元の写真家の方と少し話す。「屋久島にはブナ林がなく山桜が多い。今日は黄砂の影響もあってややけむっていて写真にならない。」とのこと。山桜が点々と咲いて新緑とともに、好展望に潤いを与えてくれていた。 

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辻峠、地面は裸地化が著しい

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太鼓岩から遠く宮之浦岳遠望 山桜が点々と…

 峠から荒川登山道との合流点、楠川別れまでは、ちょっとざれた箇所もある、展望のない長い下り。うんざりしてきたところで、11:30やっとトロッコ道に合流。ここから大株歩道入口まではこの路を辿る。

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楠川別れ 目立たず、道標がないと通り過しそう

 観光気分でも50分程で同入口着。途中、トロッコのデルタ線と思われる線路がそのまま残されていたり、終点駅舎がおつなトイレになっていたりと、なかなか面白かったけど、短い割に結構、登っているように感じ、舗装路同然の板道には合わない登山靴で、少し消耗気味に。 

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切通しのある、トロッコ道

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途中の小沢を渡る

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デルタ線と思われる線路

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大株歩道入口 橋を渡った先におつなトイレがある

 さて、この先の大株歩道は、本格的な登山道という触れ込みなので、大休止して気合を入れなおす。今日の宿泊予定地、新高塚小屋まで約3時間。樹齢1,000年以上の屋久杉の密集地帯だ。道は土ではなく、苦手の木道メイン。これが延々と続き、初日の荷の重さもあって、脚にじわじわ効いてくる。数年前に倒壊したという翁杉の株、ハート形の天窓のあるウイルソン株の中は水が流れていたりで、周辺の大杉群とも相まって、どれも素晴らしい。

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倒壊した翁杉 一帯は明るい

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ウイルソン株 水の流れる内部はかなり広い

 13:25大王杉。これが縄文杉に次ぐ杉?地面から得体のしれない生命力そのものがぐいっと立ち上がっていて、半端ないでかさに圧倒される。しかも、このクラスに近い大杉もそこかしこにあって、見間違える程。

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大王杉 すっと伸びた美しい杉だ

 14:00会うのを楽しみにしていた縄文杉の展望デッキに着く。雲水峡を出たときにあれほど居た登山者の姿はまばらで、三方向からゆったり眺めることができた。逆光気味で写真写りは良くないけれど、幹肌の凸凹や枝ぶりにこの樹の生きてきた道のりを感じる…。

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初日のお目当て 縄文杉 立派の一言

 縄文杉は、なにか枯淡と佇んでいて、あまり生命の強いインパクトは受けず、感動もやや薄かった。そのどっしりした立ち姿や大王杉をしのぐ巨大さも十分に伝わるものの、他の屋久杉と違って株元まで近づけず、印象が弱くなったせいかもしれない。

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右展望デッキからの縄文杉

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案内板(もはや一大観光地?)

 ともかくも初日の目的は達成したという、安ど感でじわりと疲労がにじみ出てくる中、デッキから10分の距離にある、昨年改築の高塚小屋へ移動。木洩れ日の中の新しいベンチで、最後のおにぎりを頂いて元気をつける。コンビニ品と違ってしっかり握ってあっておいしく、サバ節ももってこいの行動食だ。 

 小屋から新高塚小屋までの間は、屋久島の昔の縦走路を彷彿とさせるような面影を残していて、なかなか楽しかった。なんでもないところで「屋久島に居るなぁ。」と実感する。15時半前、今夜のお宿、新高塚小屋に到着。実働時間は5時間ほどで大したことはないけど、アップダウンと慣れない木道歩きで意外と疲れた。小屋は玄関バルコニーが一部腐植、でも中は広く、よく使い込まれた小綺麗なところだ。同宿者は十数名と少なく、ゆったりできて、横のおばさまグループや東京から来た同年配らしき登山者連と一杯やりつつ、歓談。夜半、かなり吹いたけれど、樹林帯の中で影響はほとんどなく、ぐっすり快眠できた。 

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水場からの新高塚小屋

4/19(水)快晴、風強し

 4:00起床。明るくなるまで待って5:30小屋を出る。森林限界までは昨日同様の面影のある道で、良い雰囲気だ。昨夜半からずっと風が強い状態が継続、第二展望台や平石岩屋も、快晴の中吹き飛ばされそうになりながら通過する。

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怪異な永田岳

 森林限界をこえると遮るものがなく、体を煽られながらヤクシマダケの笹原を進む。ただ展望は素晴らしく、右手に永田岳、正面に主峰宮之浦岳を眺めつつの開放感たっぷりの登り。気持ちのよさは格別だ。 

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森林限界からの宮之浦岳

 標高から予想はしていたけれど、お四国同様、屋久島もお山が少し小さく、2時間ほどであっけなく焼野に着く。ここから、ザックデポして永田岳までピストン。

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焼野からのピストン中途の永田岳

 永田岳は、笹原と花崗岩の巨岩の織りなす美しさ、その独特の山容に漂う風格といい、最高点の宮之浦岳を凌ぐ、良いお山だ。学生時代からあしかけ40数年越し、やっと念願の頂に立てると思うと急登もなんでもなかった。 

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堂々たる風格の永田岳

 8:15永田岳(1,886m)山頂。ピークは花崗岩の大岩の上だった。強風に抗しながら、太平洋の真っただ中の離島のピークに立っている。眼下に名前の由来となった永田集落がくっきりと見え、障子岳に至る永田岳北尾根の断崖はもの凄い絶壁だ。

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永田岳山頂、バックは宮之浦岳

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永田集落と太平洋を望む

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障子岳に至る、切れ落ちた北方稜線

 反対側には、宮之浦岳がヤクシマダケの茂る、くねくねとした小尾根を統べて一点のピークに収攬。ここから見ると、九州の盟主に相応しい、堂々とした山容だ。つかの間の憩いでも、来てよかったと実感する。 

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宮之浦岳、九州の盟主に相応しい山容だ

 戻った焼野から宮之浦岳までは30分程だった。大抵のお山がそうであるように、ここも山頂直下は急登だ。喘ぎながら9:47一等三角点の九州最高峰に到着。屋久島の尾根を織りなす、栗生岳、翁岳、安房岳から黒味岳に至る主要山群が一望のもとの、申し分のない贅沢な展望。加えてこの快晴だ。

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宮之浦岳山頂

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古びた一等三角点の標石

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翁岳から黒味岳に至る稜線

 風は相変わらずでも、小屋から一緒だった我々俄かパーテイだけの静かなピーク。しばし絶景を楽しんで時間を使う。そうこうするうちに淀川登山口からの日帰り登山客の第一陣がポツポツ到着し始め、山頂がにぎやかになってきたのをしおに出発。 

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翁岳 山頂へはかなりの急登だ

 特徴のある大岩が鎮座する翁岳(1,860m)を左手に見ながら、笹原の緩い斜面を下る。右手の黒味岳(1,831m)も、立派な花崗岩の岩峰群をそろえ、見ごたえがある。

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黒味岳 横からの展望

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投石平の澄み切った清流

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途中に鎮座するおもろい形の巨岩、何に見えますかね?

 下りきった投石平の水場でお昼を取り、少し登り返して12時前、樹林帯の中の凹地、黒味岳への分岐に着いた。ここでもザックデポ、黒味岳ピークへ寄り道する。ザレた急登に、南国の4月下旬の日差し、風下も重なって、少し汗ばんだ。 

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ポツンと山頂標識の置かれた、黒味岳山頂

 12:30巨岩の上が黒味岳山頂。岩には山頂標識だけがあって、ちょっぴり寂しげなところが印象に残った。目を上げると、正面に宮之浦岳、そして翁岳をはじめとする稜線。振り返れば、花之江河の湿原群もくっきりと浮かび、文句なしで絶好の展望台である。世界自然遺産の核心部に、これだけ天候に恵まれて居させてもらえる幸運に、感謝である。 

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永田岳、宮之浦岳及び翁岳を望む主要稜線

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中央に花之江河の湿原を望む

 ザックデポ地点を13時に出発。15分程の下りで花之江河、小花之江河の湿原群の木道に。生成過程が全く違うのか、上越巻機山苗場山の餓鬼田の散在する湿原のイメージと違い、広くて明るく、少し面食らう。季節柄、お花は全くでちと残念だったけれど、降水量の多いこの島で、これだけの規模の湿原が二つもあって、山域の多様性の演出にも一役かっている。その貴重さは余りあると思う。 

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花之江河の湿原①

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花之江河の湿原②

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小花之江河の湿原(やや規模は小さい)

 もう淀川小屋までは残り1km程、柔らかい木洩れ日の入る、緩い下りの広い道をのんびり歩く。小屋は、淀川を渡る橋の先にもう見えているけれど、標高約1,400mに、こんなに大きな河があることにちょっと驚く。同じレベルのピークを持つお四国では考えられない川幅で、その透き通った美しい流れに魅了されてしまった。

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淀川の美しい清流

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淀川の清流、川幅が広い!

 予報で今夜の雨はなく、小屋は宿泊者も多かったので、ゆったりできる方を選んで、小屋前の広い天場に一人、ツェルトを張る。夜半、外に出ると暖かく、静まり返った漆黒の闇。見上げると凄い星空が広がっていて綺麗だった。 

4/20(木)晴のち曇

 今日も4:00起床。淀川登山口まで小1時間ほどの行程なのでゆっくり発つ。石畳もある、よく整備された道の中途で、屋久鹿のバンビに遭遇。華奢な体躯と白い斑点が可愛かった。

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階段になっている、淀川登山口

 登山口は、だだっ広い舗装路で、ここでハイウェイは終わり。これから歩く尾ノ間歩道は、島本来の原生林の踏分け道になるはずで、ここを歩くために来たといってもよい、この山行である。40歳台と思しき案内所の管理人に歩道の状況を聞く。小生の山歴を確認(後でこの意味はよく分かったけれど…。)して説明を始めるところは責任感を感じさせ、道迷いも多いのだろうと案内の難しさを推察する。

  6:45尾ノ間歩道に入る。稜線上のまばらな樹林帯をトラバース気味に進む。道は踏み跡程度でくっきりではないが、判別は容易だ。ところどころテープや道標もある。

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尾ノ間歩道の踏み分け道と道標(右端)

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こういう道標もあるか

 一本目の休憩中に足音がして、昨日一緒に歩いた東京からの同年配の方が追い付いてくる。靴は巣鴨G社のS8で経験も十分と思われ、ここではS8さんと呼ばせて頂く。

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下り途中の環境省の案内板

 トラバース道は、乃木岳(1,400m)を過ぎると次第に右寄りに巻き始め、稜線を離れて樹林帯の下りへ。道も段々不明瞭になり、最後は小沢の流れの中を歩くはめになった。テーピングもまばらになり、まぁこんなものと嵩をくくる。

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鯛ノ川(たいのこ)手前の古い木橋

 8:30二本目の休憩。沢の傾斜等から鯛ノ川(たいのこ)まであと少しまで下った(はず)。不明瞭ながら道らしきものに変化し、沢筋も一本なので迷う心配もなく勘で下る。9時前、鯛ノ川の渡渉点(1,084m)。風がなく暑かったけれど、流れで顔を洗って汗を拭き、さっぱりする。

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鯛ノ川渡渉点から上流側を見る

 さて、ここを渡渉といってもこの川幅、本土で言えば川に近く、S8さんともども呆れる。幸い、ここ数日降雨がなく飛び石で渡れたものの、増水時はまず渡る気は起きないだろう。かといって、この道を淀川へ引き返すのはかなりの難行苦行だ。幕営装備で歩ける体力の自信と十分な経験が求められ、山歴確認の合点がいった。

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鯛ノ川渡渉点から下流側を見る、水量は少ない。

 まだ今日の行程の四分の一も来ていないので、水を補給し早々に出発。涸れ沢沿いのとぎれとぎれの道を標高差200mのきつい登り返し。二つ目のコル通過で分水嶺を越えたらしく、薄暗い樹林帯の一気の下りになる。道は明瞭でも木の根が網目模様にはびこり、ほとんどその上を歩くように変化。木には相当厳しい環境だろう。10:50標高750mまで下ったら先が登りになり、ここで昼食。S8さんとやっと半分来たねと笑い合う。 

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下山路にあった、鹿と思われる古い頭骨

 ここから先は、トラバース気味に登り返し、尾根沿いに蛇ノ口滝分岐まで300mの急降下。昔の林業用の道と思われる、幅員1.5m程のところも出てくるようになった。12:00分岐の東屋着。標高500mになるともう汗だくで、S8さんと健闘を称え合う。

 一息ついてから、昼寝中のドイツから来たというカップルにザックを頼んで、滝までピストン。やや小ぶりの滝で一枚岩でも見栄えはもう一つ。欧州からの若者の一団が落ち口に居て騒がしく、ポツポツ落ち始めたのもあって、すぐに引き上げる。

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蛇ノ口滝、こじんまりした滝だ

 13:00東屋で眼の青い別カップルと少し話し、先に尾ノ間温泉に向けて出発。あと小1時間だ。道は沢を離れて平坦になり、植相ももう亜熱帯で、オオタニワタリやヘゴといったシダの仲間がいたるところに。

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樹上のオオタニワタリ

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まだ小さいヘゴ

温泉を示す、大きな瓦屋根が見えて来て、3日間にわたる離島の山歩きも、もうすぐ終点だ。

 最終日は、予想した通りの踏み分け路だった。でも、古えの島の山道は多分、こうだったのだろう。もう登山者以外通らず、地元の年1回の手入れがなければ廃道も近いかもと思えた。屋久島は、世界自然遺産のゾーンも素晴らしかったけれど、最終日に、楽しみにしていた島本来の道を歩けたのは収穫だったし、貴重な経験にもなった。

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宮之浦岳山頂を振り返る